第38-2話 戦争を始める人々(2)
翌日。
追加報告。
東街道に荷車十六台、南街道に九台。北河港には荷船二隻。
さらに、前日にはなかった小規模倉庫の借り上げ。
エリアスは資料を並べた。
「綺麗だな」
「何が?」
リオネルが聞く。
「分散」
「良いことじゃないの?」
「良すぎる」
「お前、褒めてるのか疑ってるのかどっちだ」
ガイウスが言う。
「両方」
*
青軍兵站担当も資料を見る。
「白軍は三方面展開か」
「そう見える」
「違うと思う?」
「分からない」
「お前でも?」
「マリエッタがいるから」
兵站担当が顔を上げる。
「それ、理由になるのか?」
「なるんだよ、こいつらの場合」
リオネルが横から答えた。
*
エリアスは、東街道の荷車数、倉庫容量、船の積載量、魔石受取量を並べた。
数字だけを見れば、東が大きく、北が中、南が小さい。
普通なら、東に主力。
「でも」
小さく呟く。
「なんで、こんなに分かりやすいんだろう」
「本当に東だからじゃないのか?」
ガイウスが聞く。
「それもある」
「あるのかよ」
「分かりやすいから偽物、って決めるのも危ない」
「面倒くさいな」
「うん」
*
エリアスは白軍の倉庫位置を見る。
そこで止まった。
「ここ」
「何?」
ガイウスが寄る。
「第三倉庫」
「うん」
「容量の割に、出入りする荷車が多い」
「積み替え?」
リオネルが聞く。
「たぶん」
「じゃあ行き先を変える?」
「できる」
「つまり?」
「東に見せて――」
「北?」
「南かも」
ガイウスが顔をしかめる。
「全部じゃないか!」
「そうだね」
*
白軍作戦室。
ヒルデガルドは偵察予定を見ていた。
「青軍、東を見ています」
情報担当が言う。
「予定通りですね」
マリエッタが答えた。
ヒルデガルドは少し考える。
「予定通りすぎるわね」
「何か?」
「エリアスなら気づく」
「何に?」
「分かりやすいことに」
「では、配置を変えますか?」
「いいえ」
「そのまま?」
「そのまま」
*
ヒルデガルドは白軍地図の東側へ指を置いた。
「ここ、本当に使いましょう」
マリエッタが見る。
「偽装ではなく?」
「ええ」
「どの程度?」
「軽歩兵二個小隊。騎兵の予備も近くへ」
「補給は可能です」
マリエッタは少し考える。
「それだと、東を偽装と判断して無視した場合――」
「取れる」
「本物と判断して兵力を寄せた場合」
「別の場所が空く」
「つまり」
「偽装だけにしない」
マリエッタが少し笑った。
「嫌な仕組みですね」
「あなたに言われたくないわ」
*
演習開始前日。
青軍本部。
総指揮官を中心に、最終作戦会議が始まった。
エリアスは、まだ発言しない。
軍務志望の参謀たちが意見を出す。
「白軍主力は東寄りと推定します」
「根拠は?」
「輸送量、倉庫利用、河港からの搬入量、偵察報告。すべて東側の活動増加を示しています」
妥当だった。
エリアスも否定できない。
青軍総指揮官が彼を見る。
「フェルマー生」
「はい」
「異論がある顔だな」
「異論ではありません」
「なら何だ」
エリアスは少し考えた。
「確信しすぎるのが危ないと思います」
*
会議室が静かになる。
「説明してくれ」
エリアスは立った。
紙地図へ向かう。
白軍の輸送量が増えている東側を指した。
「東に兵力がいる可能性は高いです」
「では?」
「でも、こちらにそう思わせたい可能性も高いです」
一人の参謀が少し笑う。
「どちらなんだ」
「どちらもあり得ます」
「それでは作戦にならない」
エリアスは頷いた。
「はい」
そして別の地点を指す。
「だから、東が本物でも偽物でも困らない初動にしたいです」
*
青軍総指揮官が地図を見る。
「具体的には」
エリアスは配置札を動かした。
東には増援しない。
ただし、空けもしない。
主力予備と騎兵を中央寄りに置き、東にも北にも南にも動けるようにする。
偵察は東を厚くするが、北と南の監視も切らない。
ガイウスの主力も、中央寄りに待機。
「消極的だな」
軍務志望の参謀が言った。
「最初の半日だけです」
「その間に東を取られたら?」
「取り返せる位置にいます」
「白軍主力が東だったら?」
「確認してから東へ寄せます」
「違ったら?」
「違う方へ行きます」
少し笑いが起きた。
だが青軍総指揮官は笑わなかった。
地図を見たまま、しばらく考える。
「採用する」
*
会議後。
ガイウスがエリアスの横を歩く。
「お前」
「何?」
「最後まで、どっちか言わなかったな」
「分からないから」
「それでいいのか?」
「分からないのに、分かったって言う方が危ないよ」
ガイウスは少し考えた。
「そういうものか」
「たぶん」
「たぶん多いな」
*
夜。
白軍作戦室。
ヒルデガルドは、青軍の初期配置に関する推定資料を見ていた。
中央、やや厚い。
東は不足ではない。
しかし、決め打ちもしていない。
「……やっぱり」
「読まれましたか?」
マリエッタが聞く。
「半分」
「半分?」
「偽装の可能性は考えてる」
ヒルデガルドは東の配置予定を見る。
「でも」
少し笑う。
「捨ててない」
マリエッタも地図を見る。
「では、予定通り?」
「ええ」
「東を取りますか」
「取れるなら」
*
翌朝。
まだ陽は低かった。
演習地域。
青軍本部と白軍本部。
それぞれの机に、紙地図が広げられる。
演習場では精霊兵が次々と姿を現していた。
半透明の兵士たちが小隊ごと、中隊ごとに整列する。
学生指揮官の頭上には管理精霊。
淡い魔法光が、部隊の占有範囲を示すように広がっていく。
*
少し離れた丘。
観戦武官天幕。
そこだけ、景色が違った。
中央には大きな立体戦場図。
河川、森林、丘陵、街道、集落。
その上に、青軍と白軍の数十の部隊が光点と矢印で表示されている。
大半は、まだ停止を示す円形。
双方の継戦能力は完全。
予定展開範囲だけが、淡い光で示されていた。
*
一人の武官が腕を組む。
「白軍」
東を見る。
「本当に置いたか」
学院教官が答える。
「はい」
「青軍は?」
「中央保持です」
別の武官が少し笑った。
「互いに分かっていて」
立体図を見る。
二軍の配置。
「それでも、こうなるのか」
*
青軍本部。
鐘。
一回。
全員が止まる。
二回。
通信精霊が一斉に光る。
三回。
演習開始。
*
リオネルが腰の短剣を確認した。
「じゃ」
エリアスを見る。
「見てくる」
「うん」
「何を?」
エリアスは少し考えた。
「向こうが」
「うん」
「何を見せたがってるか」
リオネルが嫌そうな顔をする。
「普通に敵を探せって言えない?」
「敵も探して」
「はいはい」
*
軽装偵察中隊が前進する。
青い淡光をまとった精霊兵たちが、斥候役の学生とともに森林へ消えていく。
青軍。
白軍。
両軍の部隊が、ゆっくりと動き始める。
観戦天幕の立体戦場図では、すべてが見えていた。
学生たちの紙地図には、まだ何も書かれていない。
戦争が、始まった。




