第37-2話 最後の演習(2)
そして、配属発表が始まった。
最初は対抗演習要員ではない。
「総合演習実務班」
壇上の教官が、学生の名と役割を順に読み上げる。
実物資調達、会計、宿営、医療、通信、地域連絡、施設、統制補助。
次々と名前が呼ばれた。
*
最初、少し落胆した顔を見せた学生もいた。
軍務志望者だった。
青軍か白軍に入りたかったのだろう。
隣の友人が何か囁く。
やがて本人も頷いた。
前方では教官が淡々と続けている。
「演習会計第三班――」
名前。
「実輸送調整第二班――」
名前。
「北部宿営地運営――」
名前。
それぞれが、自分の仕事を受け取っていく。
*
「大変でしょうね」
マリエッタが言った。
「どれが?」
エリアスが聞く。
「全部です」
少し考える。
「そうだね」
*
やがて。
「対抗演習要員」
空気が変わった。
二百八名。
青軍と白軍。
ここからは、役職まで一緒に読み上げられる。
*
「ガイウス・レオニス」
青軍。
主力第一大隊指揮。
ガイウスが小さく拳を握った。
「よし」
「まだ何もしてないわよ」
ヒルデガルドが言う。
*
「リオネル・ヴァレンティ」
青軍。
軽装偵察中隊指揮。
「俺か」
「向いてる」
エリアスが言った。
「それ褒めてる?」
「もちろん」
*
「マリエッタ・セラン」
白軍。
兵站参謀。
一瞬、五人の間で空気が止まった。
マリエッタ自身も少し目を見開いている。
「参謀」
リオネルが言う。
「偉くなったな」
「まだ何もしてません」
さっきのヒルデガルドと同じことを言った。
*
「ヒルデガルド・ヴァン・アルトハウゼン」
白軍。
作戦参謀。
兼、独立機動中隊指揮。
今度はガイウスがエリアスを見る。
エリアスは前を向いていた。
*
残る一人。
しばらく名前が来ない。
統制班、青軍、白軍。
次々と読み上げられる。
そして。
「エリアス・フェルマー」
エリアスが顔を上げた。
「青軍。作戦参謀補佐、戦況統合担当」
*
「三対二」
リオネルが呟いた。
「何が?」
ヒルデガルドが聞く。
「いや」
「何?」
「何でもありません」
*
エリアスは配られた役職票を見る。
「兵站じゃない」
「私がいますから」
マリエッタが言う。
「交換しない?」
「しません」
即答。
ガイウスが笑った。
*
休憩に入った。
担当教官が通路を歩いてくる。
エリアスが手を挙げた。
「教官」
止まる。
「なんだ、フェルマー生」
「僕が兵站ではない理由を聞いてもいいですか」
「兵站をやりたかったのか」
「得意です」
「知っている」
「なら」
教官はエリアスを見る。
「兵站をやらせたら何ができるかは、もう見た」
それだけ言って歩いていった。
エリアスは、その背中を見る。
「そういうことよ」
ヒルデガルドが言った。
「どういうこと?」
「あなた、本当に分かってないの?」
「うん」
「なら自分で考えなさい」
*
両軍の総指揮官も発表された。
どちらも軍務志望の上位学生。
戦術、指揮、魔法、座学。
いずれも高い成績を持つ。
五人の誰でもない。
それも、エリアスには少し面白かった。
正しいと思ったことがあっても、自分で決めることはできない。
説明して、納得させて、命令にしてもらう必要がある。
ヒルデガルドも、マリエッタも同じだ。
*
講堂を出る。
途中で流れが分かれた。
演習運営本部、物資管理棟、魔導通信施設。
そして青軍作戦棟と白軍作戦棟。
千人を超えていた同期が、それぞれの場所へ散っていく。
*
「エリアス」
呼ばれた。
振り返る。
ヒルデガルド。
その隣にマリエッタ。
「手加減しないから」
「うん」
「……それだけ?」
エリアスは少し考えた。
「する理由がないよ」
ヒルデガルドは一瞬、黙った。
それから少し笑う。
「そう」
一歩、白軍側へ。
「よかった」
*
マリエッタもエリアスを見る。
「私もです」
「何が?」
「手加減しません」
「もちろん」
「補給線を狙っても無駄ですから」
エリアスは少し止まった。
「まだ何も言ってないよ」
「顔に書いてあります」
「書いてある」
ヒルデガルドも言う。
「本当?」
「ええ」
*
二人が白軍作戦棟へ歩いていく。
ガイウスが、その背中を見る。
「敵か」
「今さら?」
リオネルが言う。
「いや」
少し間。
「変な感じだな」
エリアスも二人の背中を見ていた。
「うん」
*
青軍作戦室。
机の上には、大きな紙地図が広げられていた。
その周囲で、百人ほどの学生が作戦、情報、通信、兵站、各部隊指揮、魔法支援など、それぞれの担当へ散っていく。
エリアスは自分の席へ行く前に、白軍編成表を取った。
目を通す。
白軍作戦参謀。
ヒルデガルド・ヴァン・アルトハウゼン。
その少し下。
兵站参謀。
マリエッタ・セラン。
「困ったな」
「ヒルデガルド?」
ガイウスが聞く。
「それも」
エリアスの指先が一段下へ動く。
「マリエッタがいる」
リオネルが覗き込む。
「兵站を切れない?」
「切れるよ」
「じゃあいいだろ」
エリアスは首を振った。
「切られることを前提に準備する人だから」
*
同じ頃。
白軍作戦室。
マリエッタも青軍の編成表を見ていた。
「エリアスが作戦側です」
「ええ」
ヒルデガルドは地図を開いている。
「輸送を見ますよ」
「見るでしょうね」
「こちらの輸送量から、兵力配置を推定すると思います」
ヒルデガルドが地図を広げた。
「なら、見せましょう」
マリエッタが見る。
「何をです?」
「エリアスが見たがるもの」
少し間。
マリエッタも意味を理解する。
「偽装しますか」
「それだけじゃ足りない」
ヒルデガルドの指が、地図上の街道をなぞった。
「だって」
青軍編成表。
エリアスの名前。
「こっちが偽装することくらい、エリアスも知ってるもの」
*
まだ、一兵も動いていない。
精霊兵は一体も戦場へ出ていない。
それでも青軍では、白軍の兵站をどう読むかが話され。
白軍では、青軍に何を読ませるかが話されている。
四年前。
同じ寮、同じ班になった五人が。
今度は、同じ地図を敵味方に分かれて見る。
学生生活、最後の演習は。
もう始まっていた。




