第34-2話 (オマケ) 中央食堂の危機(2)
ヒルデガルドが先に気づいた。
「……あなた」
「非常時の食事なんでしょう?」
エリアスが続ける。
「そうだよ」
「学生は将来、行政や軍、地方機関に行く」
ベルタがじっと見る。
「非常時給養の実習にすればいい」
沈黙。
「それ、ずるくない?」
リオネルが言う。
「かなり」
ヒルデガルドも同意する。
「そう?」
「少なくとも、厨房長の責任ではなくなりますね」
マリエッタが言った。
ベルタがゆっくり笑った。
「坊や」
「はい」
「やっぱり悪い官吏になれるよ」
*
ただし、まだ問題があった。
中央食堂の利用者は九百人以上。昼食時刻は十二時前後に集中する。
配膳口、座席、食器、洗浄能力。
料理が揃っても、そこが詰まる。
「一度に来たら回りません」
マリエッタが言った。
「毎日詰まってるよ」
ベルタが答える。
「毎日?」
リオネルが聞き返す。
「腹を空かせた学生なんて、魔物より話が通じないからね」
*
エリアスは今日の時間割を見る。
軍務、魔法、工務、法務、行政、商務。
授業終了時刻と午後課程の開始時刻は少しずつ違う。
でも、昼食開始はほぼ同じ。
「これ」
「何?」
ヒルデガルドが見る。
「食事を動かす必要ないんじゃないかな」
「?」
「人を動かせばいい」
*
そこから先は、学生の仕事ではなかった。
担当教官、教務官、食堂管理官。
そして、学院長。
話は上へ上がった。
*
学院長室。
報告を聞いた学院長は、机の上で指を組んだ。
「つまり、食料が不足しているのではない」
「はい」
「調理能力と、学生の集中が問題」
「その通りです」
「午後課程を動かせば?」
「学科別に十から二十分程度なら」
「教育上の支障は」
「本日に限ればありません」
学院長は短く頷いた。
「なら動かしなさい」
*
昼前。
学院中の掲示板へ、一斉に通知が出た。
本日中央食堂利用時間変更。
軍務・魔法実技課程は第一群、行政・法務課程は第二群、その他は第三群。
さらに、一部学生については非常時給養訓練を実施する。
リオネルが掲示を見る。
「権力ってすごいな」
「言い方」
ヒルデガルドが返した。
*
十二時。
第一群が来る。
中央食堂。
いつもなら、入口から人、人、人。
今日は違う。
それでも多い。
だが、流れる。
配膳口は三つ。通常食、寮から借りた保存料理。
そして別の場所には、非常時給養訓練用の保存食。
*
厨房では、ベルタが仁王立ちしていた。
「第一口、肉!」
「はい!」
「第二口、パン遅れてる!」
「今出ます!」
「洗浄!」
「あと八十枚!」
「八十じゃ足りないよ!」
*
ガイウスは、なぜか厨房にいた。
「そこの鍋!」
ベルタが叫ぶ。
「これですか!」
「運べるかい!」
「はい!」
持つ。
料理人二人で運ぶ大鍋を、一人で持ち上げた。
ベルタの顔が明るくなる。
「いい身体してるね!」
「ありがとうございます!」
「卒業したらうちに来な!」
「軍に行きます!」
「食堂も戦場だよ!」
「考えておきます!」
「考えるのかよ!」
リオネルが突っ込んだ。
*
リオネルは伝令だった。
「第三口、皿あと百二十!」
「洗浄から戻る!」
「第一口、肉あと七十!」
「焼き台から百来る!」
「パン窯、次!」
ガイウスが大鍋を置きながら言う。
「ちゃんと報告するな」
「うるさい!」
「いや、褒めてる」
「最近教育されてんだよ!」
*
マリエッタは盛り付け台にいた。
「それでは多すぎます」
「え?」
「一人あたり百二十グラムです」
「でも腹減ってるだろ」
「最後の人が食べられなくなります」
「その子の言う通り!」
ベルタの一声。
計量杓子が変更された。
*
ヒルデガルドは食堂側で列を見ていた。
「第二口を閉めないで!」
「でも肉が――」
「肉じゃありません。人です」
列の先を見る。
軍務学生が肉料理へ集中している。
隣の保存料理は空いていた。
「表示を変えて」
「何て?」
「『早い方はこちら』」
「それだけ?」
「それでいいです」
表示を変える。
数人が移る。
それを見た後ろの学生も移る。
さらに移る。
一本だった列が二つに割れた。
エリアスが横で見る。
「そんなので動くんだ」
「人間はね」
「面倒だね」
「あなたも人間でしょう」
*
第一群終了。
第二群開始。
続いて第三群。
時計が進む。
そして、最後の学生が料理を受け取った。
午後課程開始。
間に合った。
*
厨房が静かになった。
ガイウスが壁にもたれる。
「勝った……」
「何に?」
リオネルが聞く。
ベルタが低い声で言った。
「夕飯だよ」
五人が止まった。
「え?」
*
寮から借りた百八十食。
返さなければならない。
そこへ、修理担当が厨房へ入ってきた。
全員が見る。
男が嫌そうな顔をする。
「厨房長」
「何だい」
「釜の修理ですが」
「直った?」
「……予定より二刻ほど」
ベルタが笑顔になる。
「遅れます」
*
五人が、そっと出口を見る。
「お待ち」
止まる。
ベルタが木杓子を肩に乗せた。
「戦争はまだ終わってないよ」
*
夕方。
二基の釜が復旧した。
そこからは、ベルタの戦争だった。
「根菜!」
「はい!」
「寮向けは味を濃くしすぎるんじゃないよ!」
「はい!」
「パン追加!」
「出ます!」
エリアスたちは、もうほとんど役に立たない。
だから、運ぶ。数える。報告する。皿を並べる。
日が沈む頃。
最後の料理が、南寮へ出ていった。
*
中央厨房の端にある小机。
五人は座っていた。
全員、疲れている。
ベルタが大皿を置いた。
肉、焼き野菜、パン、温かいスープ。
「食べな」
ガイウスの顔が明るくなる。
「いいんですか!」
「働いた奴には食わせる。それが厨房だよ」
「やった」
「ありがとうございます」
マリエッタが頭を下げる。
ヒルデガルドも小さく続いた。
エリアスが皿を見る。
「僕のは?」
「あるよ」
ベルタが置いた。
包み。
エリアスが見る。
戦時保存食。
「……僕も?」
「あんたが出せって言ったんだろ?」
「そうですけど」
「責任者が食わなくてどうする」
「当然ね」
ヒルデガルドが言う。
「責任者じゃないよ」
「食べなさい」
*
開ける。
保存魚、固焼きパン、乾燥果実。
栄養は十分。
エリアスが魚を一口噛む。
止まる。
「……」
ガイウスが見る。
「どうだ?」
「どうして」
もう一度、噛む。
「魚をここまで不味くできるんだろう」
ベルタの額に青筋が浮かんだ。
「坊や」
「はい?」
「あれを作ってるのも、うちだよ」
沈黙。
四人が爆笑した。
「先に言ってくださいよ」
「食ってから言う方が面白いだろ!」
*
ベルタも、最後には笑った。
大きな笑い声が厨房に響く。
そして、エリアスの向かいに座った。
「覚えときな、坊や」
「はい」
「料理人は飯を作る」
大きな手で、今日一日働き続けた厨房を示す。
「でもね」
食堂の向こうには、もう誰もいない。
千人近い学生が、昼にここを通っていった。
「千人に飯を食わせるとなったら」
ベルタが少しだけ笑う。
「そいつはもう、料理だけの仕事じゃない」
エリアスは保存魚を見た。
「はい」
「だからって」
木杓子が、エリアスの頭を軽くこつんと叩く。
「次から勝手に夕飯を担保にするんじゃないよ」
「僕、許可取ってませんよ」
「屁理屈言うな!」
また四人が笑った。
エリアスも少し笑う。
そして、保存魚をもう一口。
やっぱり。
不味かった。




