第8-2話 第七寮第一班(2)
第七寮へ戻ると、新入生はそのまま一階の食堂へ集められた。
長机が並ぶ室内には、先ほど学院内を案内した三年生たちと寮監が待っている。
「座席表に従って座ってください」
今度は自由席ではなかった。
エリアスは壁に貼られた紙を見る。
第七十三期。
その下に五人ずつ、横線で区切られた名前が並んでいる。
「何だろう」
「班でしょう」
ヒルデガルドが答えた。
「知ってるの?」
「入寮案内に書いてあったわ」
「……あった?」
「やっぱり読んでないのね」
四人は自分たちの名前を探した。
先に見つけたのはリオネルだった。
「あった」
指を置く。
一つ目。
ガイウス・レオニス。
二つ目。
エリアス・フェルマー。
三つ目。
リオネル・ヴァルカ。
四つ目。
ヒルデガルド・アルトハウゼン。
「四人とも一緒じゃん」
リオネルが言った。
「もう一人いる」
エリアスがその下を見る。
マリエッタ・セラン。
知らない名前だった。
「誰?」
「まだ会ってないわね」
ヒルデガルドも周囲を見る。
「席に行けば分かるでしょう」
*
五人分の席の一つには、すでに少女が座っていた。
エリアスたちが近づくと立ち上がる。
背の高い少女だった。
深い栗色の髪を一本の太い三つ編みにしている。灰緑色の瞳。制服はきちんと着ているが、ヒルデガルドとは少し印象が違った。
着飾られているというより、よく手入れされた道具のようだった。
袖の折り目、磨かれた靴、結び目。すべてが実用的に整っている。
「マリエッタ・セランです」
落ち着いた声だった。
「同じ班のようですね。よろしくお願いします」
ガイウスが答える。
「ガイウス・レオニス。よろしく」
リオネルも名乗る。
ヒルデガルド。
エリアス。
一通り終わると、五人は席についた。
マリエッタがエリアスを見る。
「フェルマーさんは、全国共通課題でお名前を拝見したことがあります」
エリアスが少し止まる。
「僕?」
「はい」
「どの課題?」
「交易構造分析と、変則資料解析です」
「そうなんだ」
リオネルが笑う。
「また名前知られてる」
ヒルデガルドが言った。
「本人だけが、その価値をよく分かっていないのよ」
「そうなの?」
「あなたのことよ」
「分かってる」
マリエッタは二人を見た。
「お知り合いだったのですね」
「監査実習で一緒だったの」
ヒルデガルドが答える。
「なるほど」
マリエッタはそれ以上踏み込まなかった。
*
全員が着席すると、寮監が前へ立った。
「班編成について説明します」
食堂が静かになる。
「第七寮では、同一期生を五名ずつの生活班に編成します。男女の居住区は別ですが、生活当番、共同課題、基礎演習、学院行事その他、寮内で行う活動の多くはこの班を基本単位とします」
エリアスが名簿を見る。
五人。
偶然一緒になったわけではないらしい。
「班は原則として、卒業まで変更しません」
今度は何人かが顔を上げた。
「四年間?」
どこかで小さな声がした。
寮監は聞こえていた。
「四年間です」
ざわめきが少し起こる。
「学生同士で相手を選び直すことはできません。仲がよい、悪い、性格が合う、合わないは変更理由になりません」
リオネルが小声で言う。
「厳しいな」
マリエッタがさらに小さな声で答えた。
「そのための制度なのでしょう」
寮監は続ける。
「ただし、退学、死亡、長期療養その他の理由で班員が恒久的に欠け、班としての活動維持が困難になった場合は、寮側の判断で再編することがあります」
その言葉だけは少し重かった。
統学院へ入学した全員が、四年後に同じ人数で卒業するわけではない。
一学年約千百人が入り、卒業時にはそれより少なくなる。
病気もある。
適性上の問題もある。
服務誓約を撤回し、途中で学院を去る者もいる。
それでも通常は、今決められた五人で四年間を過ごす。
「班編成の目的は、単に生活を効率化することではありません」
寮監が言った。
「統学院では、異なる背景、異なる能力、異なる進路を持つ人間と働くことを学んでもらいます。卒業後、自分と同じ専門の人間だけを相手に仕事ができる者は、ほとんどいません」
エリアスは少しだけ顔を上げた。
その説明なら、分かる気がした。
「班員は友人である必要はありません」
一拍。
「しかし、互いに仕事のできる相手にはなってください」
食堂が静かになった。
*
「次に班長を決めます」
リオネルが小さく言った。
「選挙?」
「違います」
寮監が即答した。
また聞こえていた。
少し笑いが起こる。
「初年度の班長は、入学前評価、実習記録、共同課題評価などを基に寮側が指定します。班長は他の班員より偉いわけではありません。点呼、連絡、共同課題の調整、寮側への報告について責任を負います」
ガイウスの顔から少しだけ笑いが消えた。
何か予感がしたらしい。
寮監が名簿を読み始める。
班。
名前。
班長。
順番に告げられる。
やがて。
「第七班」
五人が少しだけ姿勢を正した。
「レオニス生、フェルマー生、ヴァルカ生、アルトハウゼン生、セラン生」
正式な場なので、全員が姓で呼ばれる。
そして。
「班長、レオニス生」
ガイウスが一瞬止まった。
「はい」
立ち上がる。
「務めます」
声はよく通った。
寮監が頷いた。
「よろしくお願いします」
「はい」
ガイウスが座る。
リオネルが横から小声で言った。
「班長」
「何だよ」
「もう似合ってる」
「まだ何もしてないだろ」
ヒルデガルドも少し笑う。
「少なくとも声は一番通りそうね」
マリエッタが頷いた。
「点呼には向いていそうです」
ガイウスが三人を見る。
「お前ら」
エリアスも考えた。
「朝、起こしてくれるし」
「お前はまず自分で起きろ」
今度は五人とも笑った。
*
その後、班ごとに明日の予定表と最初の共同当番が渡された。
第七班。
ガイウス。
エリアス。
リオネル。
ヒルデガルド。
マリエッタ。
五つの名前が、一枚の紙の中に並んでいる。
エリアスは何となくそれを見た。
「どうした?」
ガイウスが聞く。
「いや」
「何か変か?」
「昨日まで、誰も知らなかったなと思って」
ヒルデガルドが言う。
「私は知っていたでしょう」
「ヒルデガルドだけ」
「名前くらい覚えておきなさいよ」
「今は覚えてるよ」
リオネルが横から入る。
「今は?」
「言い方の問題」
マリエッタが小さく笑った。
「四年間あれば、さすがに忘れないでしょう」
「普通はな」
ガイウスが言う。
エリアスは少し不満だった。
「なんで皆、もう僕が忘れる前提なの?」
まだ会って数時間しか経っていない相手まで笑っている。
少し納得がいかなかった。
*
食堂を出る頃には、外が赤くなり始めていた。
一階の共用区画から先で、男子と女子の帰る方向が分かれる。
東階段。
男子二階。
西階段。
女子三階。
ガイウスが立ち止まった。
「じゃあ、明日の朝」
班長になったせいか、少しだけ言い方を考える。
「食堂前に全員集合でいいか?」
リオネルが聞いた。
「何時?」
「朝食開始の十分前」
「早くない?」
「早くない」
エリアスが言う。
「僕も早いと思う」
「お前は黙ってろ」
「班長になった途端、権力を使ってる」
「起こすぞ」
「それは助かる」
「なら文句言うな」
ヒルデガルドが呆れた。
「初日から大丈夫なの、この班」
マリエッタは少し考えてから答えた。
「たぶん」
エリアスが彼女を見る。
「マリエッタも『たぶん』って言うんだ」
「今の場合は、それ以上の根拠がありませんから」
「なるほど」
「納得するの?」
ヒルデガルドが聞く。
五人はまた笑った。
その日の朝まで。
エリアスにとって統学院は、巨大な建物と、九本の柱と、まだ知らない四年間だった。
夕方には。
そこに四人の名前が加わった。
ガイウス・レオニス。
リオネル・ヴァルカ。
ヒルデガルド・アルトハウゼン。
マリエッタ・セラン。
第七十三期。
第七寮。
第一班。
退学者でも出ない限り、この五人で卒業まで。
この時の彼らはまだ、それがどれほど長い付き合いになるのか知らなかった。




