第32-2話 戦争を動かすもの(2)
「終了」
精霊時計が鳴った。
地図上の部隊、荷車、河船、補給線が一斉に静止する。
学生たちが椅子へ沈んだ。
ガイウスが天井を見る。
「戦ってないのに疲れた」
「そう?」
エリアスが言う。
四人が見る。
リオネルが呆れた。
「エリアスだけだよ。元気なの」
「むしろ途中から楽しそうだったわ」
ヒルデガルドも言う。
「そうかな」
「そうよ」
*
結果が掲示された。
評価されたのは、前線到達率、戦闘可能状態、総輸送量、補給途絶時間、集積所残量、輜重兵の稼働率、予定外事象への復旧時間。
すべてで一位の学生はいない。
その中で、総合評価の最上位にあったのは――
エリアス・フェルマー。
教室が少しざわついた。
第一段階、第二段階は平凡。敵が見えなくなった第三段階でも、ほぼ中位。
第四段階で、初めて上へ出た。
教官がエリアスの地図を大きく投影する。
「フェルマー生。なぜ、最初から前方集積所を作らなかった」
「どこが詰まるか分からなかったからです」
「早く作れば、その分だけ前線へ近づける」
「はい。でも場所を外せば、そこへ送った物資と輜重兵を動かし直すことになります」
「では、なぜあの町に作った」
「河船から荷車へ積み替えられることと、北街道が止まっても南道へ出られるからです」
「効率だけなら、もっと前に置けた」
「そうですね」
「置かなかった」
「はい」
エリアスは投影された地図を見る。
「一年次の課題でも、全部を一つにすると、止まった時に困りました。でも、今回はそれだけじゃなかったです」
「何が違った」
「物資があるかどうかより、流れ続けるかどうかを見ないといけなかった」
教室が静かになる。
「後方基地には無限に物がある。でも、前線に届かなければ、ないのと同じです」
教官は黒板へ書いた。
『在庫』 『流量』 『処理能力』 『距離』 『時間』 『人員』
「一年次で扱ったのは、主として必要量と到着時点だった。今回は、途中の系が動き続けるかを見てもらった」
赤くなった補給線を指す。
「物資が無限でも、輸送能力は無限ではない。前方集積所を置けば距離は縮むが、そこにある物資と人員は有限だ」
次に、泥濘した街道、止まった河港、予定外に出航した船。
「これらは物資そのものを消してはいない」
一拍。
「流れを変えた」
軍務志望の学生が手を挙げる。
「では、最初から全部の経路へ余裕を持たせるのが正解ですか?」
「違う。余裕にも費用がかかる。人員も、荷車も、船も有限だ」
別の学生が聞く。
「なら、どこまで余裕を持たせれば?」
「それを判断するのが諸君の仕事だ」
リオネルが小さく言った。
「一番嫌な答えだ」
「ヴァルカ生」
「はい」
「聞こえている」
「すみません」
*
授業後。
結果表の前で、ガイウスが腕を組んでいた。
「一位」
「総合ではね」
「何か腹立つな。今までずっと普通だったじゃん」
「普通だったね」
「急に強くなるなよ」
「僕に言われても」
マリエッタは記録を見ていた。
「でも、少し分かる気がします。エリアス、川運の町で育ったのでしょう?」
「うん」
「船が遅れたり、荷物が届かなかったりするのを見てきた」
「よくあったよ」
「それに、一年次の課題でも、最初から一つの予定を信用していませんでした」
エリアスは少し考えた。
「そうかも」
ヒルデガルドは結果表ではなく、エリアスの地図を見ていた。
「ねえ。河船が勝手に出た時、あなた、戻さなかったわね」
「戻す方が遅いから」
「私はたぶん、最初なら戻した」
「今は?」
少し考える。
「理由を聞く」
「船頭に?」
「ええ。現場の人が、私より先に見ているものがあるかもしれないから」
エリアスが頷く。
「それは僕も苦手かも」
「何が?」
「人が勝手に動くこと」
「戦術盤でも散々やられたものね」
「うん」
「でも今回は、敵じゃなかった」
エリアスは少し止まった。
「……そうだね」
*
五人で戦術教室を出る。
廊下には午後の陽が差していた。
窓の向こうでは、学院の運河を訓練用の荷船がゆっくり進んでいる。
リオネルが言った。
「結局さ、物があるだけじゃ駄目なんだな」
「運ばないと使えませんから」
マリエッタが答える。
「運ぶだけでも駄目」
エリアスが続けた。
「前に置きすぎれば空になるし、人を広げすぎても遅くなる」
リオネルがため息をつく。
「やっぱり嫌な授業だった」
ヒルデガルドが笑った。
「あなた、最後までそれね」
エリアスは窓の外の荷船を見た。
一年次にも、千人を運んだ。
あの時に学んだことは、消えていない。
ただ、その先があった。
計画を作ること。 崩れた時に直すこと。
そして、流れそのものを止めずに動かし続けること。
次の授業では、その流れの先に、また敵が戻ってくる。




