第31-2話 見えない盤面(2)
結果。
ヒルデガルドは同期でもかなり上位。
ガイウスも上位。
リオネルは中の上。マリエッタは中位。
エリアスは、また中央付近だった。
「安定してるね」
リオネルが言う。
「うん」
「褒めてないよ」
「知ってる」
ガイウスが結果表を見る。
「本当に苦手なんだな」
「たぶん」
「悔しくない?」
「この質問、前にもされた」
「俺?」
「ヒルデガルド」
本人が横から口を挟む。
「それで?」
エリアスは答える。
「僕、将軍になりたいって言ったことある?」
ガイウスが首を振る。
「ない」
「じゃあいい」
「良くはないでしょう。必修なんだから」
ヒルデガルドが言った。
「単位は取れるよ」
「志が低い」
「効率がいい」
「そういう言い方をするから――」
「はいはい」
リオネルが二人の間へ手を入れた。
「夫婦喧嘩は寮でやって」
「違うわ!」
ヒルデガルドが即座に返す。
エリアスが首を傾げる。
「何が?」
ヒルデガルドが振り向いた。
「エリアスは黙ってて」
「なんで?」
*
授業後。
エリアスは戦術盤の前に残った。
もう霧は消えている。
敵も味方も、全部見える。
隣にヒルデガルドが来た。
「何してるの?」
「考えてる」
「珍しい」
「僕、いつも考えてるよ」
「何を?」
「いろいろ」
「便利な答えね」
エリアスは盤を見る。
「ヒルデガルド」
「何?」
「さっきの、南に敵を寄せたやつ」
「ああ」
「数字で説明できる?」
「できないわよ」
即答だった。
「相手が南へ兵力を動かす確率とか」
「知らない」
「過去の対戦記録から――」
「エリアス」
「何?」
「私は彼を見たの」
ヒルデガルドは盤を指す。
「これじゃなくて」
「……人を?」
「そう」
エリアスは少し考えた。
「じゃあ僕には難しい」
「諦めるの早くない?」
「だって人間、同じ条件でも違うことするし」
「そこを見るのよ」
「もっと難しいじゃない」
ヒルデガルドは呆れた。
*
翌週。
第三戦術教室へ入った学生たちは、中央を見て足を止めた。
戦術盤がない。
代わりに、一人につき一枚ずつ、大きな地図が用意されていた。
机を二つ並べて、ようやく載るほどの大きさだった。
地図には、後方兵站基地、街道、河川、運河、橋、河港、町、前線区域が描かれている。
「教室間違えた?」
リオネルが言う。
「番号は合っています」
マリエッタが答えた。
教官が入ってくる。
「座れ」
学生たちが、それぞれの地図の前につく。
教官が手を上げる。
地図の上に、淡い光が次々と現れた。
歩兵中隊。
弓兵。
騎兵。
魔法支援要員。
輜重車。
河船。
そして、地図の手前にある後方兵站基地だけが、ほかより大きな白青色の光を帯びている。
そこから各部隊へ、街道や川に沿って細い光の線が伸びた。
「第四段階」
教官が言った。
「ここまでは、敵と戦ってもらった」
一人の軍務志望学生が地図を見る。
「今回は敵がいないんですか?」
「いない」
ガイウスが少し残念そうな顔をした。
教官は続ける。
「代わりに、時間が止まらない」
精霊時計が点灯した。
「一人一枚。個人演習。二時間で、盤上の五日間を動かす」
エリアスは地図を見ていた。
河川。
街道。
集積所。
荷車。
船。
「……一年次の『千人を運ぶ』に似てる」
教官が聞きつけた。
「似ている」
エリアスが顔を上げる。
「ただし、あの時は五人で計画を作った。考える時間も充分あった」
教官は後方兵站基地を指す。
「今回は、ここに物資は無限にある」
リオネルが眉を上げる。
「じゃあ簡単じゃないですか?」
「基地にある物資が、前線にある物資と同じならな」
教官の指が、基地から前線へ伸びる光の線をなぞる。
「諸君が管理するのは、物資の総量ではない。流れだ」
光の線の上を、輜重車と河船が動き始めた。
「道路が泥濘化すれば遅れる。河港で人足が足りなければ船は止まる。前方へ集積所を作れば距離は縮むが、そこへ運んだ分しか使えない。輜重兵を広く配置しすぎれば、各地点の処理能力が落ちる」
地図上の部隊駒が青く光る。
「部隊も疲れる。青、緑、黄、橙、赤。進軍、休息、補給の状態によって変わる」
次に補給線。
青から緑、黄、橙、赤へ。
「こちらは距離、道路・河川の状態、荷役、輸送量、予定との差を示す。色が悪化すれば、前線へ届く量も速度も落ちる」
教室が静かになった。
「一年次の課題は、計画を作る演習だった」
教官は精霊時計へ手を置く。
「今回は、輸送網そのものを動かす」
時計が動き始めた。
「状況変化は、札では渡さない。起きれば地図が変わる。見落とせば、そのまま進む」
エリアスは少し身を乗り出した。
知っているものに似ている。
だが、同じではない。
五人で分けていた仕事が、一枚の地図の上で同時に動く。
「開始」




