第30-2話 盤上の戦争(2)
対戦。
ガイウスは、また強かった。
重装歩兵を中央へ。
軽歩兵を森林へ。
騎兵を街道へ。
一つの手番で、それぞれを迷いなく動かしていく。
分かりやすい。
だが、崩れない。
騎兵を動かせる場所があっても、不用意には出さない。
軽歩兵も深追いさせない。
相手が攻めれば、別の兵種が支える位置に必ずいる。
「正面から来いよ」
「嫌だよ」
相手が即答した。
「なんで?」
「お前が待ってるからだよ!」
*
リオネルは速い。
軽歩兵と騎兵を多用する。
自分の手番になると、正面戦闘を避けながら、側面、後方、空いた場所へ次々と駒を滑り込ませる。
ただし。
「本陣!」
「あ」
攻撃へ夢中になると、自分の指揮所を空ける癖がある。
手番を終えた時には、指揮駒の周囲が見事に薄くなっていた。
相手の手番。
敵の軽歩兵が隙間を抜ける。
指揮駒へ飛び込む。
短剣が閃き、光が消えた。
「またですか?」
マリエッタが言った。
「攻める方が楽しいんだよ」
「戦争は楽しさでやるものではありません」
「ゲームだからいいじゃん」
「ヴァレンティ生」
教官の声。
「はい」
「今の発言、記録しておくぞ」
「撤回します」
*
ヒルデガルドの対戦相手は、軍務志望の男子学生だった。
成績上位。
序盤。
彼女は丘を取らなかった。
見ていた学生がざわつく。
中央の丘。
明らかな要地。
相手が占領する。
弓兵を上げ、重装歩兵で守る。
盤石。
その代わり、左翼が薄くなった。
ヒルデガルドはそこへ行かない。
右翼へ兵を寄せる。
相手も次の手番で対応する。
今度は中央が少し薄くなる。
「何してるんだ?」
ガイウスが呟く。
エリアスも盤を見る。
分からない。
三ターン。
四ターン。
互いの配置が少しずつ変わっていく。
五ターン目。
相手は騎兵を街道へ出した。
ヒルデガルドの右翼へ圧力をかけるためだった。
続いて弓兵の向きを変え、重装歩兵を一つ前へ出す。
「終了」
相手が告げる。
ヒルデガルドの手番。
彼女は盤全体を見た。
相手の騎兵は街道。
重装歩兵は丘の前面。
弓兵の射線は右翼へ向いている。
次の相手の手番までは、どれも動かない。
「軽歩兵、森林を抜けて左へ」
淡い緑光をまとった駒が木々の間を走る。
「騎兵、中央街道」
青い光が盤上を滑る。
「弓兵、丘の南側へ」
三つの部隊が次々に位置を変える。
最後に中央の歩兵を進めた。
相手の顔が変わる。
騎兵を戻すか。
弓兵の射線を戻すか。
丘の重装歩兵を動かすか。
次の手番では全軍を動かせる。
それでも、一つの部隊を二つの場所には置けない。
相手が迷う。
その迷いが、配置に出た。
次の手番。
ヒルデガルドが中央へ突入した。
*
重装歩兵同士がぶつかる。
小さな盾と盾が衝突し、淡い光が弾けた。
側面から軽歩兵。
さらに騎兵。
相手の指揮駒を包んでいた光が消える。
駒が倒れた。
勝利。
「どうして丘を取らなかった?」
教官が聞いた。
「取らせたかったからです」
「なぜ?」
「彼は、要地を取ったら守りたくなると思いました」
対戦相手が苦笑する。
「俺を見てたのか」
「前の二試合を」
「地形ではなく?」
「両方です」
教官は記録板に何かを書いた。
*
エリアスの番。
相手は別の軍務志望。
開始。
エリアスは中央の丘を取った。
合理的だった。
弓兵を配置し、騎兵を街道へ出し、軽歩兵を森林へ入れる。重装歩兵は中央を支える。
一つの手番で、各部隊を無駄なく配置した。
きれいだった。
教科書通り。
相手も教科書通りに見えた。
しばらく互角。
エリアスは考える。
相手の次の手番。
最も合理的なのは、中央を維持しながら右翼の騎兵を前進。弓兵は丘の射界を確保。軽歩兵は森林を使って側面へ。
なら、自分はその次に。
相手の手番が始まった。
騎兵が動く。
予想通り。
弓兵も動く。
これも予想通り。
軽歩兵が。
反対側へ行った。
「え?」
対戦相手が顔を上げる。
「何?」
「そっちに行くの?」
「行っちゃ駄目?」
「いや」
さらに、中央の重装歩兵を一歩下げた。
エリアスは盤を見る。
最善ではない。
たぶん。
でも、面倒だった。
一つなら修正できる。
二つ、三つと想定外の配置が重なると、考えていた次の局面そのものが消える。
自分の手番。
組み直す。
配置を変える。
次の相手の手番。
また。
予想と違う。
「……なんで?」
対戦相手が笑う。
「知らないよ」
*
十二ターン目。
エリアスは中央の攻撃に備えていた。
相手の重装歩兵が動く。
中央。
予想通り。
弓兵も射線を取る。
そこまでは読んでいた。
だが。
騎兵が中央へ来なかった。
大きく迂回する。
エリアスの指揮所へ。
「そっち?」
気づいた時には遅かった。
直前の自分の手番で、騎兵を中央へ寄せすぎている。
相手の騎兵が指揮駒へ届いた。
小さな剣が振り下ろされる。
青白い光が消え、指揮駒が倒れた。
エリアス、敗北。
「また負けた」
リオネルが言った。
「見れば分かる」
「エリアスさ」
「うん」
「相手が一番いい動きをすると思ってない?」
エリアスが見る。
「普通そうじゃない?」
「普通じゃないと思う」
ヒルデガルドも来る。
盤を見る。
「あなた、相手じゃなくて盤と戦ってるのね」
エリアスは少し考えた。
「盤は嘘つかないから」
「人は?」
「変なことする」
対戦相手が顔を上げる。
「悪かったな」
「悪いとは言ってないよ」
*
授業終了。
結果が掲示された。
上位には軍務志望者が多い。
ガイウスもいる。
ヒルデガルドは、さらに上。
リオネルは中の上。マリエッタは中位。
エリアスは、ほぼ中央だった。
「へえ」
後ろから声がした。
軍務志望の学生が記録を見ている。
「分析課題の成績と、戦術は別物らしいな」
隣の学生が笑う。
「盤上じゃ数字だけ見ても勝てないってことだろ」
聞こえている。
エリアスは特に何も言わなかった。
結果表を見る。
勝率。
ちょうど半分。
「本当に普通ね」
ヒルデガルドが言った。
「うん」
「悔しくない?」
「少しは」
「少し?」
「僕、将軍になりたいって言ったことあった?」
横にいたガイウスが答える。
「ないな」
「じゃあ別に」
軍務志望の学生たちが、少し離れたところでまた何か話している。
エリアスは気にしない。
代わりに、戦術盤を見る。
駒、地形、敵、味方。
全部、見えている。
それなのに。
相手が何をするのか、よく分からない。
「難しいな」
ヒルデガルドが横を見る。
「何が?」
「人間」
「今さら?」
*
教官が戦術盤の前に立った。
「次回」
学生たちが振り返る。
教官は盤の上へ手をかざした。
精霊灯が一つずつ消える。
それまで淡い青や緑の光をまとっていた敵の駒が、次々と霧の中へ沈んでいく。
森林の向こう。
丘の向こう。
街道の先。
白い霧が盤面を覆っていった。
「今日まで、諸君には敵が見えていた」
最後に、敵指揮駒の光が消えた。
「次からは、見えない」
ヒルデガルドの目が少しだけ細くなる。
エリアスは、霧に覆われた盤を見る。
「偵察し、推測し、判断する」
教官が学生たちを見回した。
「戦場で、敵が諸君のために駒を並べて待っていてくれると思うな」
終業鐘が鳴った。
誰も、すぐには席を立たなかった。
白い霧の向こうで。
小さな精霊駒が一つ、音もなく動いた。




