↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国を読む者たち I - 統学院の五人  作者: なみみか
勝利条件を疑え

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/74

第30-1話 盤上の戦争(1)

戦争というものを、エリアスはまだ知らなかった。


知っているのは、数字だった。


兵士が千人いれば、一日にどれだけ食べるのか。荷船一隻に、どれだけ積めるのか。街道を荷車が何台通れるのか。雨が降れば、どれだけ遅れるのか。


そういうものなら、少し分かる。


一年次の千人の移動課題や、行軍演習でも、考えたのはだいたいそんなことだった。


どの道を通れば早いのか。どこで休ませるのか。食料をどれだけ持たせるのか。予定より遅れた時、どこを削れば取り戻せるのか。


だが、三年次に入って始まった戦術論は、少し違った。


「ヴァレンティ生。騎兵をそこへ置く理由を説明しなさい」


「格好いいからです」


教室に笑いが起きた。


「減点するぞ」


「敵の側面を取るためです」


「最初からそう答えなさい」


リオネルが肩をすくめる。


戦争というものを。


少なくとも今日の授業では、そんなふうに学ぶらしい。


     *


統学院軍務棟、第三戦術教室。


普通の教室とは造りが違っていた。


机は壁際。中央には、大きな四角い盤が六つ並んでいる。


盤の表面には細かな格子。その上には、小さな人型の駒が立っていた。


槍兵、重装歩兵、弓兵、騎兵、軽歩兵。


それぞれ親指ほどの大きさしかない。


だが、動く。


「騎兵、前進二」


教官が命じる。


騎兵の駒が淡い青色の光をまとった。


ぱから、ぱから。


小さな馬が蹄を鳴らし、盤上を二枡進む。騎手の身体も馬の動きに合わせてわずかに上下している。


学生たちから声が上がった。


「精霊駒だ」


リオネルが身を乗り出す。


「これ欲しいな」


「何に使うんです?」


マリエッタが聞いた。


「部屋で競走させる」


「学院備品ですよ」


「分かってるって」


ガイウスは目を輝かせていた。


「槍兵も動くのか?」


「当然だ」


教官が答える。


「だが、今日学ぶのは玩具の動かし方ではない」


教室が静かになる。


「諸君は一年次の行軍演習で、部隊を動かすことの難しさを経験したはずだ」


教官は盤上を見渡した。


「二年次からは、その部隊を何のために、どう使うかを学ぶ」


騎兵を摘む。


「騎兵は速い」


次に槍兵。


「槍兵は騎兵の突撃を受け止めやすい」


弓兵。


「弓兵は離れた敵を攻撃できる」


重装歩兵。


「重装歩兵は正面戦闘に強い」


最後に軽歩兵。


「軽歩兵は正面から重装歩兵と殴り合えば負ける」


少し間を置く。


「では、弱い兵なのか?」


軍務志望らしい男子学生が手を挙げた。


「いいえ。偵察、側面行動、追撃などに使用できます」


「そうだ」


教官は頷いた。


「強い兵と弱い兵がいるのではない。得意な仕事と、不得意な仕事がある」


挿絵(By みてみん)


     *


最初の課題は単純だった。


双方が騎兵、重装歩兵、槍兵、弓兵、軽歩兵など、同じ構成の小部隊を持つ。


一度に動かせるのは、一駒だけ。


交互に一駒ずつ動かし、相手の本拠へ到達するか、相手の指揮駒を取れば勝ち。


ただし、兵種によって移動距離、攻撃範囲、正面から戦った時の優劣が違う。


最初の二人が盤についた。


騎兵が走る。


槍兵が向きを変え、小さな槍が一斉に前へ倒れた。


騎兵が突っ込む。


青い光と緑の光がぶつかり、一瞬、二つの光が激しく明滅する。


次の瞬間。


騎兵を包んでいた光が消えた。


小さな馬が前脚から崩れ、騎手も盤上へ倒れる。


「おお」


学生たちから声が上がった。


教官は倒れた駒を指した。


「戦闘結果は精霊術式が判定する。兵種、位置、向き、そのほか盤に設定された条件によって結果が変わる」


倒れた騎兵を起こす。


再び淡い青光が灯った。


「ただし、これは戦場を完全に再現するものではない。そこを勘違いするな」


     *


「軍人将棋みたいね」


ヒルデガルドが言った。


「軍人将棋って何?」


エリアスが聞く。


「……あなたの地方にはないの?」


「川運将棋ならある」


「何それ」


「荷船を動かす」


「絶対つまらない」


「結構難しいよ」


「今度説明して」


「いいよ」


「アルトハウゼン生、フェルマー生」


教官の声が飛んだ。


二人が振り向く。


「はい」


「授業を始めていいか?」


「失礼いたしました」


ヒルデガルドは即座に学院礼。


エリアスも一拍遅れて真似した。


     *


ガイウスは強かった。


「騎兵、前進!」


命令と同時に、淡い青光をまとった騎兵が走る。


相手が弓兵を下げる。


ガイウスは追わない。


中央へ向きを変えた。


「そこ?」


相手が驚く。


「そっちが空いたからな」


「でも弓兵を取れるぞ」


「取ってる間に本陣取られるだろ」


数手後。


相手の指揮駒へ騎兵が突入した。


小さな騎兵が槍を突き出す。指揮駒を包んでいた淡い緑光が一度強く揺れ、ふっと消えた。


駒が盤上へ倒れる。


勝負あり。


ガイウス、勝利。


軍務志望の学生たちが集まる。


「いい動きだった」


「騎兵志望か?」


「いや。歩兵」


「その体ならそうだろうな」


「どういう意味だ?」


笑いが起きる。


ガイウスも笑った。


     *


ヒルデガルドも強い。


ただし、ガイウスとは違った。


「弓兵、後退」


淡い緑光をまとった弓兵が一枡下がる。


相手が追う。


もう一度、後退。


相手の騎兵が前へ出る。


「逃げてばっかりだな」


対戦相手が言った。


ヒルデガルドは答えない。


三手後。


騎兵が深く入りすぎた。


槍兵が進路を塞ぐ。


弓兵が射線を取る。


「あ」


「遅いです」


弓兵の駒が小さな弓を引いた。


光の矢が飛ぶ。


騎兵を包んでいた青い光が弾け、駒が横倒しになった。


「最初から?」


「二手目から」


「一手目は?」


「考えてませんでした」


相手が苦笑する。


     *


そして、エリアス。


「……負けた」


盤上では、彼の指揮駒が光を失って倒れていた。


リオネルが横から覗く。


「弱くない?」


「普通だと思う」


「エリアス、こういうの得意そうなのに」


「僕もそう思ってた」


「本人が言う?」


二戦目は勝った。


三戦目は負けた。


四戦目は勝った。


その後も勝ったり負けたりして、最終的には三勝三敗。


見事なくらい普通だった。


リオネルが記録を見る。


「三勝三敗」


「半分勝った」


「前向きだな」


ヒルデガルドも寄ってくる。


「どうして?」


「何が?」


「あなた、ルールは理解してるでしょう」


「してるよ」


「だったら、もう少し勝てそうなのに」


エリアスは盤を見る。


「相手もルール知ってるから」


「……それはそうでしょう」


「だから難しい」


ヒルデガルドは、よく分からない顔をした。


     *


午後。


戦術盤が変わった。


今度は六角形。


盤面いっぱいに六角の区画が並び、平地、森林、丘、河川、湿地、集落、街道、橋が配置されている。


精霊駒の意味も、午前とは違った。


一つの駒が、一個分隊を表す。


そして、手番の規則も変わる。


「第二段階だ」


教官が言った。


「午前中は一回に一駒だけ動かした。ここからは違う」


盤上へ複数の駒を置く。


「自分の手番では、自軍のすべての部隊に一度ずつ行動を命じることができる。全軍の行動を終えたところで、相手の手番へ移る」


学生たちの表情が少し変わった。


一駒ずつなら、相手の動きを見てから次を考えられた。


今度は違う。


自分の手番の間に、複数の部隊を一つの意図の下で動かさなければならない。


「動かさない部隊があっても構わない。だが、一度手番を終えれば、次に動くのは相手だ」


教官は盤面を指した。


「午前中は兵種の機能だけを見てもらった。ここからは、地形も加わる」


騎兵を街道へ置く。


「街道では移動力が上がる」


森林へ。


「森林では落ちる」


重装歩兵を丘へ。


「高所は防御に有利」


河川へ。


「渡河中は脆弱になる」


弓兵を高所へ置く。


「高所からは射界が広がる。ただし、森林は射線を遮る」


学生たちが一斉にノートを取る。


エリアスも書いた。


地形、移動、攻撃、防御、補正。


数字が増えた。


少し面白くなってきた。


     *


「さらに」


教官は敵の正面と側面へ駒を置く。


「側面攻撃」


もう一つを背後へ。


「包囲」


三方向から敵駒へ光が走る。


敵を包んでいた淡い青光が赤く揺らぎ、明滅した。


正面の重装歩兵が盾を押し込み、側面から軽歩兵が斬りかかる。その直後、背後から騎兵が突入した。


敵駒の光が消え、盤上へ倒れる。


「兵士は正面だけを見て戦うわけではない。しかし、複数方向から圧力を受ければ戦闘効率は落ちる」


教官は学生たちを見る。


「戦術とは、強い駒を敵へぶつけることではない。自軍の機能を組み合わせ、地形を利用し、敵に不利な状況を押しつけることだ」


     

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。