第22-2話 五柱戦(2)
開始から九分。
エドガーが戦い方を変えた。
「もう付き合わん」
第三柱を捨てた。
第一柱と第二柱だけを強固に維持し、残った魔力をすべてエリアスの接続阻害へ回す。
効果はすぐに出た。
エリアスが各柱へ残していた極細の待機線が、一つ、また一つと消えていく。これまでのように、接続を切っただけではない。エリアスが復旧しようとする経路そのものを追い、立ち上がる前に潰していた。
エリアスの表情が変わった。
「効いてる」
ヒルデガルドが言うと、ガイウスが頷いた。
「ああ」
エドガーも、ただ出力が大きいだけの学生ではない。
エリアスが低い消費で大量の待機接続を張るなら、その接続そのものを許さなければいい。自分は二本だけを守り、残る三本ではエリアスの線を力で排除する。
それだけで、戦況は逆転した。
残り五分。
第一、第二柱は赤。第五柱だけが青。第三、第四柱は中立。
しかも、エリアスが残していた待機線は、もう二本しかない。
その一本も、エドガーが切った。
残る一本。
その時だった。
エリアスが、自分で制御していた第五柱への供給を止めた。
青い光が消える。
観覧席がざわめいた。
「捨てた?」
リオネルが身を乗り出す。
赤二本。青はゼロ。残る三本はすべて中立。
エドガーも、一瞬だけ反応が遅れた。
その隙に、エリアスから三本の極細線が走った。
第三、第四、第五柱。
さらに遅れて、第一柱へも一本。
「まだやるのか!」
エドガーの干渉が飛ぶ。
一本が消える。
エリアスはすぐに引き直す。別の一本が切られる。その間に、先に伸ばした線が柱の術式へ食い込み、同調を始める。
エドガーが切る。
エリアスが繋ぐ。
取られれば、別の柱へ伸ばす。
残り三分。
ヒルデガルドが、その動きを見て呟いた。
「……行軍演習と同じ」
「何が?」
リオネルが聞く。
「拠点にこだわってない」
エリアスはもう、自分の柱を守ろうとしていなかった。
すべての魔力と集中力を、接続、復旧、同調へ回している。
守らない。
切られたら直す。
取られたら、別へ行く。
最後に三本あればいい。
それだけだった。
* * *
残り二分。
第一、第二柱は依然としてエドガーの赤。
エリアスは第四柱の制御を確立し、第三、第五柱への同調を進めていた。
さらに第一柱にも、一本だけ極細の線を残している。
エドガーが第三柱への線を切った。
エリアスは第五柱へ魔力を寄せる。
エドガーがそちらへ干渉を向けると、今度は第三柱へ線が戻る。
その繰り返しだった。
エドガーの呼吸が荒くなっている。
それでも、まだ強い。
干渉の一撃で、エリアスの線がまた消えた。
残り一分二十秒。
赤二本。青一本。
エリアスには、あと二本必要だった。
エドガーも同じだった。もう一本取れば三本になる。
中央の第三柱へ、エドガーの太い魔力線が伸びた。
術式環が赤く明滅し始める。
「まずい」
ガイウスが呟いた。
だが、エリアスは中央へ向かわなかった。
第五柱への線を太くする。
それと同時に、第一柱へ残していた極細の線へ、ほんのわずかずつ魔力を流し始めた。
エドガーは第三柱を取りながら、第五柱への干渉も続ける。
切断。
再接続。
もう一度、切断。
その応酬の間も、第一柱への線だけは消えない。
細いまま、赤い制御の下へ潜り込んでいる。
やがて第五柱の術式環が青へ変わった。
残り四十秒。
第一、第二柱は赤。
第四、第五柱は青。
中央の第三柱は、エドガーが同調中。
二対二。
残る一本を取った方が勝つ。
誰の目にも、そう見えた。
エドガーは中央へ集中した。
三本目まで、あと少し。
だが、エリアスは中央を見ていない。
見ているのは第一柱だった。
二分近く前から残していた、あの細い線。
そこへ魔力を重ねる。
赤い術式環が、わずかに揺れた。
エドガーも気づいた。
視線だけが第一柱へ動く。
ほんの一瞬の判断。
中央を取れば三本。
第一柱の揺らぎはまだ小さい。
残り時間を考えれば、今から奪われることはない。
そう判断したのだろう。
エドガーは第三柱へ集中を戻した。
エリアスも、第一柱へ集中した。
二人が、別々の一本を取りにいく。
残り二十秒。
第三柱の赤が強くなる。
第一柱はまだ赤い。ただ、術式環の一部だけが不規則に明滅していた。
十五秒。
十秒。
第三柱が赤く染まった。
制御確立。
赤三本。青二本。
軍務志望の学生たちから歓声が上がる。
「取った!」
エドガーが大きく息を吐いた。
その時、ガイウスが低く言った。
「まだだ」
第一柱の赤が、大きく揺れた。
残り七秒。
赤が消えた。
中立。
「いつからだ!?」
リオネルが叫ぶ。
ヒルデガルドだけは、そこまでの動きを見ていた。
エリアスは今になって第一柱を攻め始めたのではない。
残り二分を切るより前から、あの極細の線を残していた。
切断するほど強くない。
エドガーが無視できる程度の、ごく弱い干渉。
その線が、ずっと第一柱の維持制御へ触れ続けていた。
エドガーが中央柱へ集中するたび、修正されずに残ったわずかな揺らぎを拾い、少しずつ積み重ねていたのだ。
中立化した瞬間、待機していた経路が本接続へ切り替わる。
残り五秒。
第一柱の術式環が白く光る。
三秒。
白から青へ。
二秒。
制御確立。
赤二本。
青三本。
鐘が鳴った。
* * *
一瞬、競技場が静まり返った。
判定官が五本の状態を確認する。
第一柱、青。
第二柱、赤。
第三柱、赤。
第四柱、青。
第五柱、青。
「終了時制御を確認」
判定官が記録板を見る。
「ロッセル生、二柱」
次。
「フェルマー生、三柱」
少し間を置く。
「勝者、フェルマー生」
旗が上がった。
歓声。
エリアスはその場で大きく息を吐き、膝へ手をついた。
余裕など、最初からなかった。
エドガーは、しばらく柱を見ていた。
悔しい。
当然だった。
正面からなら、自分の方が強かった。
出力。容量。干渉力。
すべて。
それでも負けた。
エリアスが近づく。
「ありがとう」
エドガーが見る。
「何が?」
「途中で戦い方、変えたでしょう」
「お前のせいだ」
「最初のまま全部切り続けてくれたら、もう少し楽だった」
エドガーの眉が動く。
「慰めてるのか?」
「違う」
「じゃあ何だ」
「次やったら、同じ方法じゃ勝てないなって」
エドガーは数秒黙った。それから笑う。
「当たり前だ」
右手を出す。
「次は、線を張る前に全部潰す」
エリアスも手を出した。
「それは困る」
握手。
「なら出力鍛えろ」
「急には増えないよ」
「じゃあ俺が制御を鍛える」
「もっと困る」
エドガーが笑った。
* * *
「まだ終わっていません」
魔法実務教官の声。
エリアスが振り返る。
「終了処理」
「はい」
五柱戦の勝敗は決まった。
だが、再評価は終わっていない。
エリアスは姿勢を正し、競技場を見渡す。
残った接続。待機線。干渉術式。柱内部へ残した微弱な同調。
一つずつ確認する。
そして、正式な終了礼式。
定められた順序で術式を閉じる。
接続を解除。残留魔力を逃がす。柱の中立復帰を確認する。
一つ。二つ。三つ。四つ。
最後。
エリアスの手が止まった。
第五柱。
制御線とは別に重ねていた極細の補助線が一本、まだ残っている。
ほとんど感知できない。
エリアスはそれを確認し、静かに解除した。
観覧席では、カルディス教授がその様子を見ていた。
「終了を確認」
魔法実務教官が記録板を見る。
「安全処理、適。礼式、適。術式選択、優。制御、優」
そして最後の一項。
魔法行使規範。
可。
エリアスは、ようやく息を吐いた。
勝ったからではない。
自分が意味を疑っていた手順を、自分の判断で最後まで実行し、その中で見落としまで見つけた。
再評価。基準到達。
少なくとも、魔法実務を理由に進級判定が留保されることはなくなった。




