第22-1話 五柱戦(1)
旗が振り下ろされた。
同時だった。
エドガー・ヴァン・ロッセルの右手から、二本の光が走る。太い。目で追えるほど明瞭な魔力の線が、競技場に立つ二本の石柱へ伸びた。
線が触れる。柱表面に刻まれた術式環が白く輝き、次いで赤へ変わる。
「第一柱、接続!」
判定官の声。
「第二柱、接続!」
観覧席が沸いた。
* * *
五柱制御競技。通称――五柱戦。
競技場に配置された五本の制御柱を、二人の術者が奪い合う。
規則自体は単純だった。術者が柱へ魔力を接続すると、まず柱内部の中立魔力核との同調が始まる。同調を一定時間安定して維持すれば制御確立。柱の術式環は術者に割り当てられた色へ変わる。
終了時点で、三本以上を制御している者が勝者。
ただし、一度取れば終わりではない。
相手は同じ柱へ自分の制御線を接続できる。相手の線へ干渉して切断してもよいし、一度中立状態へ戻してから奪っても構わない。
身体への直接攻撃は禁止。制御柱そのものの破壊も禁止。
許されているのは、接続、維持、干渉、切断、奪取。
だからこそ、術者の魔法の性質がそのまま出る競技だった。
エドガーは速かった。
第一柱、赤。第二柱、赤。
開始から一分も経っていない。さらに中央の第三柱へ、三本目の太い魔力線が伸びる。
「速いな」
観覧席でリオネルが言った。
ガイウスは腕を組んだまま答える。
「出力があるからな」
柱と術者の間に生じる制御線は、単なる光ではない。術者が柱内部の魔力核へ作用し続けている状態そのものだった。
強い魔力を流せば同調は速い。干渉にも強い。当然、エドガーのような高出力・高容量型が有利になる。
一方、エリアスはまだ一本も取っていなかった。
右手を伸ばす。
細い光が第五柱へ伸びた。エドガーのものとは比較にならない。糸のようだった。
接続。同調開始。
次に第四柱。もう一本。
さらに第三柱、第二柱。
柱が光っているのは第五柱だけだった。正確には、線そのものはつながっている。だが、残る三本の術式環はほとんど反応していない。
ヒルデガルドが眉を寄せる。
「三本?」
マリエッタも目を凝らした。
「でも、二本目から先は……」
リオネルが首を傾げる。
「何してるんだ?」
ガイウスが目を細めた。
「つないでるだけだ」
「意味あるの?」
「知らん」
競技場では、エリアスが最後に第一柱へも細い線を伸ばしていた。
これで五本すべて。
ただし、まともに魔力を流しているのは第五柱だけ。残る四本は、接続経路だけを成立させている。
「フェルマー生」
判定官が確認する。
「待機接続、四」
規則上、問題はない。
柱との魔力経路を成立させていても、同調に必要な量の魔力を流さなければ占有にはならない。
待機接続。
実技授業では普通に習う技術だった。だが通常は一つ、多くても二つ。
魔力をほとんど消費しなくても、接続状態を維持するには意識を割かなければならない。三本も四本も同時に保持する意味は、普通の術者にはほとんどなかった。
「全部?」
リオネルが言った。
ヒルデガルドにも、まだ意図は分からない。
ただ、行軍演習最終日、十数個の狼煙玉へ同時に細い魔力線をつないでいた光景を思い出す。
――あれと同じ。
エリアスにとって、複数の細い接続を同時に維持すること自体は、それほど大きな負担ではない。
* * *
「第三柱、ロッセル生、制御確立!」
三本。赤。
エドガーが先に勝利条件へ到達した。開始二分十五秒。
もちろん、競技は十五分終了時点で判定される。今、三本を取っていても勝敗は決まらない。
それでも三対〇。
軍務志望の学生たちから声が上がった。
「やっぱりロッセルだ」
「出力差がありすぎる」
その頃、エリアスの第五柱がようやく青く染まった。
三対一。
エドガーが笑う。
「遅いぞ」
聞こえる距離だった。
エリアスは答えない。第五柱の制御を維持したまま、残る四本へ極細の待機線をつないでいる。
エドガーがそれを見る。
「何だ、それ」
第二柱へ伸びた一本へ干渉術式を飛ばした。
ぱん、と小さな音がした。
エリアスの待機線が切れる。
簡単だった。魔力をほとんど流していない。細い。脆い。
だが、エリアスはすぐにつなぎ直した。
エドガーがもう一度切る。
つなぐ。切る。つなぐ。
観覧席から笑いが漏れた。
「何やってるんだ?」
「遊ばれてるぞ」
ガイウスは笑わなかった。
開始四分。
エドガー、三本。エリアス、一本。
状況は変わらない。
ただし、エドガーは三本へ強い魔力を流し続けている。エリアスは第五柱だけを制御し、残る四本は待機接続。
エドガーが一本切る。エリアスが直す。別の一本を切る。また直す。
「しつこいな」
エドガーが呟いた。
三本目。切断。再接続。
そこで、エドガーが気づいた。
速い。
最初の接続より、明らかに速い。
エリアスは、一度成立させた経路とほとんど同じ位置へ魔力線を復旧している。
太くする必要はない。柱を取る必要もない。
ただ、つないでおく。
* * *
開始五分。
エリアスが動いた。
第四柱。
細かった待機線が明るくなる。魔力を流した。
同調開始。
エドガーが即座に干渉する。
切断。
エリアスが再接続。また流す。
切断。再接続。
エドガーには余裕があった。出力差がある。細い線など、いくらでも切れる。
だから切った。また切る。そして、また。
「エリアス……」
ヒルデガルドが呟く。
ガイウスが言った。
「エドガーの方を見ろ」
「え?」
肩。呼吸。
疲労というほどではない。だが、開始時より動きが大きくなっている。
ヒルデガルドが気づいた。
「切る方が、つなぐより魔力を使ってる」
ガイウスが頷く。
「エリアスの線は細すぎるんだ」
相手から見れば、切断は簡単。だが、魔力消費はゼロではない。
一方、エリアスはほとんど魔力を流さず、制御だけで経路をつなぎ直している。
六分。
第四柱で再び同調を始める。
エドガーが切る。
同時に、第三柱への待機線が明るくなった。
エドガーが振り向く。干渉。切断。
その間に第四柱が再接続。
さらに第二柱への線も明るくなる。
「こいつ……!」
エドガーが初めて声を上げた。
三本、ほぼ同時。
どれが本命なのか分からない。
いや、本命などなかった。
切られなかった線へ魔力を流す。ただそれだけ。
第四柱を切れば第三柱。第三柱を切れば第二柱。第二柱へ向けば第四柱。
リオネルが笑った。
「確かに鬱陶しい」
マリエッタが聞く。
「褒めてます?」
「ものすごく」
七分三十秒。
第四柱。
青。
三対二。
エドガーがすぐに第四柱へ強い干渉をかける。エリアスの制御線が揺れた。
切れる。
柱が中立化。
三対一。
エリアスは追わなかった。
第三柱へ魔力。エドガーが切る。
第二柱。切る。
第四柱。切る。
そのたびにエドガーの魔力が消費される。そして、エリアスの待機線はまた戻ってくる。
ガイウスが笑った。
「嫌だな。あいつと戦うの」
リオネルが見る。
「お前なら全部吹き飛ばせるだろ」
「だからだよ」
「?」
「全部切っても、またつないでくる」
ヒルデガルドはエリアスを見る。
額には汗が浮かんでいた。
楽ではない。
五本の制御線。それぞれの状態。接続、切断、同調、相手の干渉。
それらを同時に把握し続けている。
出力ではない。
精度。持続。そして集中力。




