第7-2話 門の向こう(2)
手続きは、今度こそ何事もなく終わった。
入学証。
授業登録票。
学院規則の冊子。
そして四年間使用する銀色の学生識別章。
表には王冠と、交差する羽根筆と剣。
裏には名前と所属寮。
魔力を通すと、縁に細い青白い光が走った。
「なくすなよ」
受付官が言った。
「寮、図書館、実習棟、演習具の貸与。ほとんどこれを使う」
エリアスは識別章を光に透かす。
「中はどうなってるんですか?」
「認証魔石と術式板だ」
「術式板は――」
「分解禁止」
先回りされた。
「しませんよ」
「毎年いる」
隣でヒルデガルドが言った。
「あなたは絶対にしないで」
「しないって」
「どうかしら」
「僕を何だと思ってるの?」
彼女は答えなかった。
*
中央講堂へ向かって、二人は九柱路を歩いた。
入学式までは、まだ少し時間がある。
エリアスは忙しかった。
右を見る。
白灰色の大きな石造建築。
「何?」
「行政学舎」
ヒルデガルドが答える。
左を見る。
広い芝地の先に、円形の石壁。
「こっちは?」
「魔法実習場でしょう」
さらに奥には土の運動場。
騎乗用の柵。
その向こうには低い丘陵と森まで続いている。
「森まで学院?」
「演習林よ。案内に書いてあったでしょう」
「まだ全部読んでない」
「それはもう知ってるわ」
建物そのものも、地方学院とは違った。
華美ではない。
むしろ装飾は驚くほど少ない。
ただ、どれも大きい。
石畳の幅。
廊下の入口。
窓の数。
建物同士を結ぶ渡り廊下。
千人を超える同年次の学生と、四学年を合わせて四千人余りを収容する場所なのだ。
何百人もの学生が同時に移動することを、最初から前提に造られている。
エリアスは今度は足元を見る。
「排水路まで石で覆ってある」
「そこを見るの?」
「王都は雨が多い?」
「故郷とそれほど変わらないはずよ」
「じゃあ人数の問題かな。これだけ人が歩けば、土のままだとすぐ泥になる」
ヒルデガルドは横目で彼を見る。
数か月前と同じだった。
立派な彫刻より、排水路を見る。
人より帳簿を見る。
けれど。
他の人が見ないものを見ている。
それが、この少年なのだろう。
*
中央講堂へ近づくにつれて、新入生たちの声が小さくなった。
九本目の石柱を過ぎる。
その先に、中央講堂前の広場が開けていた。
王国旗。
学院旗。
軍務院の礼装軍服。
中央官庁の正装。
貴族院代表。
教員たちは壇上左右の席へ静かに入っていく。
ここだけは、学校というより国家の式典だった。
エリアスも少し姿勢を正す。
その瞬間、数か月前に両親と交わした話を思い出した。
卒業後、十年間。
王国の公務に就く。
統学院への入学は、その約束を受け入れることでもある。
合格通知が届いた時には、まだ実感が薄かった。
服務誓約書へ署名した時には、少しだけ手が止まった。
父も連署する前に、もう一度だけ尋ねた。
――本当に行くんだな。
エリアスは、行く、と答えた。
だから今、ここにいる。
中央講堂へ入れば、もう「試しに受けてみた」では済まない。
自分で選んで来たのだ。
エリアスは九柱路を一度だけ振り返った。
正門まで、九本の石柱が並んでいる。
それぞれが何を意味しているのか、まだ知らない。
今の彼にとっては、中央講堂へ続く道に立つ九本の古い柱にすぎなかった。
「フェルマー」
ヒルデガルドの声で前を向く。
「今度は何?」
彼女が彼の胸元を指した。
上着の釦。
一つだけ、掛け違えていた。
「……朝、ガイウスにも確認されたんだけどな」
「確認されて、どうしてこうなるのよ」
エリアスは釦を直す。
ヒルデガルドは、その間じっと待っていた。
「これでいい?」
「ええ」
「じゃあ行こうか」
「そうね」
二人は並んで中央講堂玄関の階段を上った。
地方学院にいた頃には、互いの名前しか知らなかった。
数か月前には、もう会わないかもしれないと思って別れた。
そして今日。
同じ制服を着て。
同じ学院の門をくぐり。
これから四年間を過ごす場所へ、二人は一緒に入っていった。




