第20-2話 弱い魔法(2)
ある日の夕食。
ヒルデガルドが言った。
「謝ったら?」
エリアスが保存魚を噛みながら見る。
「何を?」
「そこからなのよ」
リオネルがパンを置いた。
「俺でも分かるぞ」
「何が?」
「お前、カルディス教授に相当警戒されてる」
「知ってる」
四人が止まった。
ガイウスが聞く。
「知ってるのか」
「最近、僕だけ質問が多いから」
マリエッタが首を傾げる。
「それを認識できるなら、なぜ改めないんですか?」
「間違ってるところは直してるよ」
ヒルデガルドが言う。
「態度」
「普通だよ」
「普通じゃない」
「教授が質問するから答えてるだけ」
「その答え方!」
ガイウスはしばらく二人のやり取りを聞いていた。
「エリアス」
「何?」
「俺が剣を振るたびに、お前が『その構え、意味ある?』って聞いてきたら、どう思う?」
「理由を説明する」
「毎回だぞ」
「毎回?」
「毎回」
エリアスは少し考えた。
「……面倒」
「それだ」
エリアスは保存魚を見る。
「なるほど」
ヒルデガルドが身を乗り出す。
「今度こそ分かった?」
「たぶん」
「本当に?」
「でも、教授は教えるのが仕事だから――」
「違う!」
四人の声が重なった。
近くの学生が振り返る。
五人は少しだけ声を落とした。
*
状況は改善しなかった。
むしろ、エリアスが「礼儀正しくしよう」と意識した結果、
「教授のご指摘の趣旨は理解しました。そのうえで質問なのですが」
から反論を始めるようになった。
カルディス教授にとっては、以前より腹が立った。
*
学期末前。
教官会議。
長机を囲むのは、各必修科目担当、担任、魔法実務教官、軍務教官、統計担当。
そして、カルディス教授。
議題の一つは一年生の進級要件だった。
「フェルマー生についてです」
カルディス教授が評価表を置いた。
筆記、優。術式解析、優。魔法史、良。実技出力、可。実技制御、優。
そして。
魔法行使規範。
不可。
担任のミルセティアが眉を寄せた。
「不可ですか」
「不可です」
「筆記試験は学年でも上位です」
「知識の問題ではありません」
魔法実務教官が評価表を見る。
「私の実技では、安全手順違反は一度もありません」
「試験時に手順を守れることと、魔法行使者として規範の意味を受け入れていることは同じではありません」
統計担当教員が口を開く。
「ただ、彼は理解していないのではなく、理解した上で必要性を疑っているのでは?」
カルディス教授は答えた。
「だから問題なのです」
少し空気が張った。
ハルヴェイン中尉は黙って聞いている。
ミルセティアが評価表を見る。
「魔法行使規範は必修評価項目です。不可のままなら進級判定にかかります」
統学院では、一科目の不振だけで直ちに退学になるわけではない。
しかし、必修分野で基準を満たさない学生は条件付き進級、再履修、再評価の対象となる。それでも改善しなければ、在籍資格そのものが審査される。
国費で四年間教育し、その後十年間の国家服務を予定する学院だからこそ、単に試験点だけ取れればよい制度ではなかった。
魔法実務教官が言った。
「再評価を行いましょう」
カルディス教授が見る。
「筆記ですか?」
「いいえ」
資料を開く。
「次回の術式制御対抗実技を利用します」
複数の術式を同時に維持しながら、指定領域の確保と妨害を行う実習。
単純な出力だけでは決まらない。
術式選択、持続、多重制御、周囲確認、安全処理。そして、相手の圧力下でも手順を崩さないこと。
エリアスの強みと弱みが、どちらも出る課題だった。
ミルセティアが尋ねる。
「再評価項目は?」
「魔法行使規範、安全手順、術式選択、終了処理。必要なら礼式省略の判断理由も口頭で確認します」
「勝敗は?」
「参考にはしますが、合否条件にはしません」
ハルヴェイン中尉が初めて口を開いた。
「妥当でしょう」
何人かが見る。
「勝てる相手を当てれば試験になりません。逆に、勝てない相手を当てて敗北を理由に不可とするなら、それも試験ではない」
魔法実務教官が頷く。
「ですから、彼が平時には避けている判断を強制される相手がよいでしょう」
「具体的には?」
「高出力、高容量。正面から術式領域を圧迫できる学生」
エリアスに欠けているもの。
魔力出力、瞬間的な押し合い、大きな魔力量を使った制圧。
そこに優れた学生。
候補がいくつか挙がる。
その中には、軍務志望者の間でガイウスと並んで実技能力を評価されている学生の名もあった。
ミルセティアが最後に確認する。
「では、この再評価で基準を満たせば?」
「魔法行使規範を『可』へ補正します」
「満たさなければ?」
カルディス教授が答えた。
「不可のままです」
進級判定へ送られる。
会議室が静かになった。
*
窓の外。
実技場では、次の授業に向けて標的が並べられている。
その一番奥。
朝、エリアスの弱い衝撃魔法を受けた革袋が、風に揺れていた。




