↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国を読む者たち I - 統学院の五人  作者: なみみか
地図では近い道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/75

第16-2話 雨の夜(2)

日が落ちた頃。


通信魔法具に全体連絡が入った。


ガイウスが受信内容を確認する。


表情が変わった。


「何?」


ヒルデガルドが聞く。


「主力の一部で、宿営地に水が入ってる」


マリエッタがすぐに地図を見る。


「やっぱり」


街道沿いは平坦だった。


しかし、平坦であることと水に強いことは同じではない。


街道そのものには排水がある。


問題は、その脇だった。


千人を超える学生が複数の群に分かれて行動していても、全員が条件のよい土地へ天幕を張れるわけではない。


まして街道を塞ぐこともできない。


結果。


低い土地へ押し出された班がいくつも出た。


雨水が流れ込む。


寝具が濡れる。


荷物を移す。


天幕を張り直す。


それだけで体力を使う。


リオネルが言った。


「眠れないな」


エリアスが頷く。


「今夜でかなり差がつく」


「私たちは?」


ガイウスが即答した。


「普通に寝る」


一拍。


「寝られる時に寝る」


誰も反対しなかった。


     *


さらに悪い知らせが来た。


輜重群が遅れている。


泥濘。


荷車の速度低下。


一部の橋での通過順調整。


主力への夕食到着予定。


当初より一刻半遅れ。


リオネルが顔をしかめる。


「きついな」


主力各群の装備は、演習用ではあっても、携行重量は実際の軍務に近づけて設定されている。


盾。


弓。


矢筒。


一部の工兵具。


信号器材。


共有天幕。


それらを分担して持つ分、各自が携行できる糧食量には限りがある。


独立機動班の五人は、ある程度自分たちだけで動けるよう携行食を多めに持っている。


主力は違う。


輜重と一体で行動することを前提としていた。


エリアスが言う。


「お腹空くだろうな」


ガイウスが首を振った。


「それだけじゃない」


「?」


「濡れて、荷物を動かして、腹が減って、そのうえ飯が来ない」


ヒルデガルドが続ける。


「空気が悪くなるわね」


実際、その通りだった。


後から届いた通信には、


指示への不満。


荷役分担を巡る口論。


濡れた天幕の再配置。


班長同士の調整。


そうした報告が混じり始めた。


戦闘は一度も起きていない。


敵にも遭遇していない。


それでも、部隊は削られていく。


エリアスはその事実を、少し怖いと思った。


【挿絵 雨で遅れる輜重車】

挿絵(By みてみん)


     *


輜重群の先頭が主力宿営地へ到着した頃には、夜もかなり深くなっていた。


食料は届いた。


しかし、問題は明日だった。


雨が続けば、道はさらに泥濘化する。


荷車は遅くなる。


そして最終日。


主力は平原への出口を確保しなければならない。


全体指揮官から緊急会議の通信が入った。


参加するのは、各群の指揮担当と独立機動班の班長。


ガイウスもその一人だった。


五人は天幕の中で、通信魔法具の受信盤を囲む。


全体指揮官の声が響いた。


「明朝、軽装機動群の出発を二刻早める」


複数の声が重なった。


「暗いうちですか」


「夜明け前に準備。薄明と同時に出す」


「理由は?」


「これ以上道が悪化する前に丘陵出口へ進める」


さらに続ける。


「平原への出口に先行して展開位置を確保する」


ガイウスの目が細くなった。


妥当だった。


主力全部を急がせれば疲労が増える。


だから一部だけ。


軽装。


速度を優先する。


先に出口を押さえ、その後から主力を追いつかせる。


「輜重は?」


誰かが尋ねる。


「食料の残りは現在の宿営地へ置く」


別の声が入る。


「工兵具は?」


「必要分だけ主力が分担する」


「盾もですか?」


「分散して持たせる」


主力側から不満の声が出た。


これ以上重量を増やすのか。


だが、出口へ着いても。


盾がない。


円匙がない。


簡単な遮蔽物すら作れない。


それでは位置を取っただけで、維持できない。


全体指揮官は少し黙った。


そして言った。


「軽装先遣は防御に適した位置の選定を優先。主力到着後、直ちに野戦陣地を構築する。盾と工兵具は主力各班へ分散携行」


誰かが尋ねる。


「輜重群を空荷で先行させては?」


「荷車そのものが泥に取られる。歩兵より遅い」


また沈黙。


「この案で行く」


声は若い。


だが、迷いはなかった。


「異論がある指揮担当は、今言ってくれ」


数人が細部を確認する。


しかし、大きな反対は出なかった。


最後に。


それまで黙っていたハルヴェイン中尉の声が通信へ入った。


「全体指揮官」


「はい」


「決断しましたか」


一拍。


少年は答えた。


「はい。これで行きます」


「了解しました」


それだけだった。


助言はない。


正解とも、不正解とも言わない。


決めたのは学生だった。


     *


通信が切れた。


リオネルが言う。


「明日、早いな」


ガイウスが首を振る。


「俺たちは現行予定のままだ」


「どうして?」


エリアスが答える。


「たぶん、早く出す意味がないから」


マリエッタが地図を見る。


「私たちの経路は街道ではありません。泥濘の影響も主力ほど大きくないです」


ヒルデガルドも頷く。


「それに、私たちまで先遣に合わせたら、独立機動班として残している意味が薄れるわ」


ガイウスが地図を畳む。


「そういうことだ」


少し間を置いた。


「寝る」


誰も異論はなかった。


     *


夜半。


雨はさらに強くなった。


風が樹木を揺らす。


天幕の布がばたばたと鳴る。


時折、水滴が縫い目から入り込む。


それでも、眠れない夜ではなかった。


場所を選んだ。


排水を作った。


荷物は地面から浮かせてある。


替えの靴下は防水袋へ入れた。


やれることはやった。


エリアスは一度だけ目を覚ました。


雨音。


風。


近くではガイウスが眠っている。


外では夜警が交代する気配がした。


少し離れたところにヒルデガルドの声。


異常を知らせるものではない。


エリアスは再び目を閉じかけた。


その時。


草の輪を思い出した。


あれが単なる注意喚起なら。


次は、注意するだけでは済まないものが来る。


たぶん。


明日。


エリアスはそこまで考えて、目を閉じた。


考えるのは、起きてからでいい。


今は眠れる。


なら、眠る。


     *


五人が眠っている間にも。


少し離れた街道では、すでに学生たちが動き始めていた。


濡れた装備。


足りない睡眠。


水を吸って重くなった荷。


泥。


暗闇。


その中を。


軽装先遣群が平原出口へ向け、予定より二刻早く動き始める。


行軍演習、最終日。


雨はすでに学生たちの計画を崩した。


疲労も、空腹も、判断の遅れも生まれている。


だが。


教官側の本格的な対抗行動は、まだ全く見えていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。