第12-2話 開いた扉(2)
リオネルは補助中継器の前にしゃがみ込んでいた。
「なんで繋がらないんだよ……」
「何が?」
後ろから声がした。
「うわ!」
振り返る。
ガイウスだった。
「驚かすなよ」
「普通に来たぞ」
「足音しないんだよ、お前」
「この身体で?」
「何しに来た?」
「お前を見に」
「気持ち悪い言い方するな」
ガイウスは笑った。
それから手元の通信魔法具を見る。
「壊れた?」
「ちょっと調子悪いだけ」
「見せろ」
「お前、直せるの?」
「直せん」
「じゃあ帰れよ」
ガイウスは自分の通信魔法具を取り出した。
「マリエッタにも来てもらう」
リオネルの笑顔が消えた。
「……勝手に?」
「うん」
中央へ短く状況を送る。
思ったより強い声が出た。
「余計なことするなよ」
ガイウスが少し黙る。
リオネルは視線を逸らした。
「これくらい、自分で何とかできる」
「できてないじゃん」
「もう少しでできる」
「いつ?」
「だから――」
「リオネル」
ガイウスは怒っていなかった。
「俺が困ってたら、お前、助けるだろ」
「そりゃ」
「じゃあ同じだ」
「違うだろ」
「何が?」
リオネルは口を開き、それから閉じた。
何が違うのか、説明できない。
「……お前は」
「うん」
「お前だから」
「俺も、お前だから来たんだけど」
「そういう意味じゃなくて」
ガイウスは少し考えた。
「難しいな」
本当に分かっていない顔だった。
リオネルは腹が立つより先に、馬鹿らしくなった。
*
「いました!」
マリエッタの声がした。
その後ろから、ヒルデガルドとエリアスも来る。
リオネルが目を見開いた。
「全員来たの?」
ヒルデガルドが答える。
「来たわよ」
「課題どうするんだよ」
「だから早く直すんでしょう」
エリアスはもう通信魔法具の横へしゃがんでいる。
マリエッタが本体を受け取った。
蓋を開く。
「接続子が焼けていますね」
「直る?」
「交換すれば。ただ、予備は?」
リオネルが少し黙る。
「ない」
マリエッタは自分の携行袋から小さな包みを出した。
「私は持っています」
「なんで?」
「標準携行品だからです」
「俺、持ってない」
「それは後で反省してください」
「はい」
マリエッタが接続子を交換する。
再起動。
術式線が一瞬だけ光り、また消えた。
「まだ不安定ですね」
エリアスが術式板を見る。
「接点が少しずれてる」
「分かります?」
「たぶん。固定してくれれば」
ガイウスが本体を両手で押さえた。
「これでいいか?」
「動かさないで」
「了解」
マリエッタが接続子を合わせる。
エリアスは細い導線に指を添え、ごく弱い魔力を流した。
大きな出力はいらない。
術式板と接続子の流れが安定するまで、細い魔力を途切れさせず維持する。
こういう作業なら、エリアスの得意分野だった。
「そのまま」
マリエッタが言う。
「うん」
数秒。
青白い術式線が一本ずつつながった。
エリアスが中央集約器からの応答を確認する。
「中央、返ってきた」
「復旧しました」
マリエッタが手を離す。
ガイウスもようやく本体から手を放した。
ヒルデガルドは残り時間を確認する。
「失った情報は?」
「東五から七」
「残り二十二分。取り直すなら、東八以降の順番を変えた方がいいわ」
リオネルは立ち上がった。
いつもの顔に戻る。
「じゃあ、取り直してくる」
ガイウスが聞く。
「一人で?」
リオネルは一瞬止まった。
それから笑う。
「そこは一人でいいだろ」
「なら行け」
「了解」
数歩走ってから、振り返った。
「アルトハウゼン!」
ヒルデガルドが顔を上げる。
「何?」
「東八以降、取れたら直接中央へ送る。残りの組み直し頼む」
「分かった。行って」
「了解」
リオネルは再び走り出した。
*
終了の鐘が鳴った。
ぎりぎりだった。
第一班の推定結果は合格。
上位ではない。
だが、必要な情報は揃っていた。
教官が結果表を閉じる。
「ヴァレンティ生」
「はい」
リオネルが前へ出た。
「君の失敗は、通信魔法具が故障したことではありません」
「はい」
「故障をすぐ報告しなかったこと――だけでもない」
リオネルが顔を上げる。
教官は淡々と続けた。
「報告しないことで、班全体の判断を誤らせる可能性を生んだことです」
リオネルの表情から笑みが消えた。
「君から情報が届かなければ、班長は君が正常に行動していることを前提に判断するしかない」
「……はい」
「実務なら、どうなります?」
「誤った判断をする可能性があります」
「そうです」
教官は少し間を置いた。
「自分で問題を解決できる能力は有用です。しかし、自分だけで抱えるという判断は、自分だけの問題ではありません」
リオネルは黙って聞いていた。
「一人で処理することと、孤立して処理することは違います。覚えておきなさい」
リオネルは学院礼をした。
「はい、教官」
*
その夜。
消灯前の第七寮一階談話室には、まだ何人か学生が残っていた。
エリアスとマリエッタは先に部屋へ戻り、ヒルデガルドも女子居住区へ上がっている。
ガイウスは長椅子で、翌朝の運動予定を書いていた。
向かいにはリオネル。
「なあ」
「ん?」
「今日」
「うん」
リオネルは少し言いにくそうにした。
「悪かったな」
ガイウスが顔を上げる。
「何が?」
「勝手に呼ぶな、とか言って」
「ああ」
ガイウスは紙へ視線を戻した。
「別に」
「怒ってない?」
「何で?」
「何でって」
リオネルは椅子の背にもたれた。
「俺だったら、ちょっと腹立つかも」
「そう?」
「そうだよ」
ガイウスは少し考える。
「じゃあ今度腹立てる」
「今度じゃ意味ないだろ」
ガイウスが笑った。
リオネルも笑う。
少し間が空いた。
「お前って、楽だな」
「何が?」
「そういうところ」
「?」
やっぱり分かっていない。
「まあいいや」
ガイウスが紙を畳んだ。
「明日の朝、走る?」
「絶対嫌だ」
「身体動かした方が気持ちいいぞ」
「お前の気持ちいいと俺の気持ちいいは違う」
「じゃあ寝ろ」
「はいはい、お母さん」
「誰がお母さんだ」
談話室の閉室を知らせる小鐘が鳴った。
二人は立ち上がる。
二階へ上がったところで、それぞれの部屋へ分かれた。
「じゃあな」
ガイウスが言う。
「おう」
リオネルは数歩進み、振り返った。
「明日、朝飯は?」
「いつもの時間」
「分かった」
今度こそ別れた。
*
自室の灯りを消す。
暗くなる。
同室者の寝息が聞こえ始めても、リオネルはしばらく眠れなかった。
今日、四人が勝手に入ってきた。
エリアスは余計なことを聞かず、術式の接続を安定させた。
マリエッタは余計なことを聞かず、通信魔法具を直した。
ヒルデガルドは余計なことを聞かず、残り時間と役割を組み直した。
ガイウスは迎えに来た。
いや。
あいつだけは聞いた。
自分は、大丈夫だと答えた。
それでも帰らなかった。
家では、困っているなら言えと教わった。
正しいと思う。
今でも正しい。
でも、言えない時もあるらしい。
そして、言わなくても勝手に来る奴もいるらしい。
面倒だ。
距離が近い。
余計なことをする。
なのに、今日助けてもらったことを、不思議と借りだとは感じなかった。
弱みを握られたとも思わない。
明日の朝になれば、また五人で飯を食って、馬鹿な話をして、授業へ行くのだろう。
リオネルは暗闇の中で少し笑った。
人と付き合うには、近づきすぎないことが大切だと思っていた。
今も、それが間違いだとは思わない。
ただ、たまには自分で閉めた扉を勝手に開けて入ってくる奴がいても、それほど悪くないらしい。
「……もう少し楽でいいのかもな」
声に出してから、自分で少し恥ずかしくなった。
寝返りを打つ。
明日の朝、ガイウスはいつも通り早く起きる。エリアスはたぶん、ぎりぎりまで寝ている。マリエッタは予定を確認している。
ヒルデガルドも、いつもの時間には食堂へ来るだろう。
そこで、ふと思った。
今までずっと、アルトハウゼンと呼んでいた。
別に、それで困っていたわけではない。
けれど。
明日からは、もう少し近くてもいい気がした。
リオネルは目を閉じた。
*
翌朝。
いつもの五人が食堂の卓へ集まった。
リオネルはパンをちぎりながら、何気なく手を伸ばした。
「ヒルデガルド、そっちの塩取って」
一瞬。
ヒルデガルドの手が止まった。
リオネルも気づく。
目が合う。
「……何?」
「別に」
ヒルデガルドは塩入れを取った。
「はい」
「ありがと」
それだけだった。
ガイウスは気づいていない。
エリアスもパンを食べている。
マリエッタだけが二人を一度見て、それから何も言わず朝食へ戻った。
リオネルもパンを口へ入れる。
昨日までと何も変わらない朝だった。
ただ一つ。
呼び方だけが変わっていた。




