第12-1話 開いた扉(1)
リオネル・ヴァルカは、人付き合いが得意だった。
少なくとも、周囲からはそう見られていた。
「昨日の魔法史、寝てただろ」
朝食の席でガイウスが言った。
「失礼な。目を閉じて知識を整理してたんだよ」
「先生に三回名前呼ばれてたぞ」
「深い整理だったんだ」
マリエッタが笑う。
「では、昨日扱った三大精霊協約の二番目は?」
リオネルは少し考えた。
「……朝食中に勉強の話するのやめない?」
ヒルデガルドが言う。
「寝てたのね」
「睡眠も学生の義務です」
パンを食べながら、エリアスが口を挟んだ。
「授業中じゃなければね」
「フェルマー、お前はどっちの味方なんだ」
「事実?」
「一番嫌なやつだ」
笑いが起きる。
リオネルは、こういうのが得意だった。
誰とでも話せる。初対面でも困らない。冗談を言い、相手を笑わせ、自分も笑う。
けれど、一つだけ昔から決めていることがあった。
面倒なことは、なるべく自分で片づける。
*
リオネルの家族は、仲が悪かったわけではない。むしろ、よくできた家族だったと思う。
故郷はセルディア地方西部の街道都市。父は工房と運送業者、商人をつなぐ仲介業を営んでいた。
職人から注文を集め、必要な材料を手配し、完成した品を商人へ流す。大河水運より街道輸送の比重が大きい土地で、荷物と人を滞りなく動かすのが仕事だった。
母は帳場を見ている。兄と姉もいた。
食卓では普通に話したし、笑いもした。
ただ、ヴァルカ家には暗黙の決まりがあった。
自分の問題は、まず自分で片づける。
困ったなら言う。言われれば助ける。だが、言わないなら大丈夫なのだろうと思う。
父は何度も言った。
――困っているなら、困っていると言え。
――言わないなら、お前に任せる。
悪い教えではなかった。
実際、リオネルはかなり早くから、自分のことを自分で処理できる子供になった。
転んでも、大した怪我でなければ笑った。失敗しても、次に直せばいい。嫌なことがあっても、翌日まで引きずらない。
誰かの事情にも、必要以上には踏み込まない。
それが礼儀だと思っていた。
だから、自分にも踏み込んでほしくなかった。
*
その日の実習は、第七十三期第七寮第一班、五人一組で行われた。
場所は学院北側の模擬市街区。
石造りの小屋、倉庫、狭い路地、水路、小さな広場が組み合わされ、その中に十二の情報標が配置されている。
課題は、五人で区域を分担し、各地点の情報を確認すること。
携帯式通信魔法具を使って中央の集約器へ情報を送り、制限時間内に模擬市街へ侵入した仮想敵部隊の位置と規模を推定する。
通信魔法具は、小型魔鉱石を主動力とし、内蔵された術式板に従って情報を送受信する。ただし起動や認証、細かな調整には使用者の魔力を必要とするため、魔道具の中でも魔法具に分類される。
通信距離には限界があり、模擬市街の各所に設けられた補助中継器を介して中央集約器へ接続する。
そして、十二の情報がすべて正しいとは限らない。
古い情報、誤認、意図的な偽情報。
それらが混ざっている。
ガイウスは班長として区域図を見た。
「中央は俺とマリエッタ。フェルマーは西。アルトハウゼンは南。リオネルは――」
「東、俺が行く」
リオネルが先に言った。
ガイウスが地図を見る。
「一人で?」
「一番広いから」
「だから聞いたんだ」
「お前が来たら遅くなる」
「何だと」
リオネルはガイウスの肩を見る。
「その肩幅で東の路地通れる?」
「通れるわ」
マリエッタが小声で言った。
「二人とも、まだ教官の説明が終わってません」
「はい」
二人の返事が重なった。
少し離れたところで教官がこちらを見る。
リオネルは何事もなかったように学院礼をした。
教官は一瞬だけ彼を見てから、説明を続けた。
*
開始の鐘が鳴る。
リオネルは速かった。
狭い路地を抜け、低い塀を越え、他の学生なら迂回する段差もそのまま通る。
一つ目は確認して送信。
二つ目も同じ。
三つ目は古い。除外。
四つ目は怪しい。信頼度を付けて送る。
リオネルは通信魔法具へ指を添え、認証に必要なわずかな魔力を通した。
「東四。騎兵らしき通過痕。ただし時刻不明。信頼度低」
術式板に細い青白い線が走る。
送信完了。
順調だった。
五つ目。
情報を入力し、送信する。
一度光った術式線が、途中で消えた。
「あれ?」
もう一度、魔力を通す。
点灯。
消灯。
リオネルは蓋を開けた。
内部には小型の魔鉱石、術式板、接続子と細い導線が収められている。
接続子を押さえて再起動する。
今度は通った。
「ほら」
一人で呟き、次へ向かう。
*
六つ目。
送信失敗。
七つ目。
また失敗。
リオネルの眉が寄った。
通信魔法具を開く。
接続子の一つが、わずかに黒く変色していた。
「焼けたか」
予備導線を差し替える。
起動。
反応しない。
「面倒だな」
指で軽く叩く。
当然、直らない。
中央へ戻って故障を報告する。
その考えは一瞬浮かんだ。
だが、すぐに消した。
まだ時間はある。
東区画には補助中継器がある。そこまで行けば、内部に残っている情報を直接送れるかもしれない。
それに、こんなことで誰かを呼び戻す必要もない。
自分の担当だ。
自分で何とかすればいい。
*
中央では、ヒルデガルドが集約器の表示盤を見ていた。
「東側から来なくなったわね」
エリアスが受信履歴を見る。
「最後から十三分」
ガイウスが聞く。
「リオネルなら?」
「遅い」
エリアスは即答した。
「東側は情報標が密集してる。順調なら、むしろ送信間隔は短くなるはず」
マリエッタが思い出した。
「出発前、通信魔法具の蓋を二度開けていました」
「壊れたか?」
ガイウスが聞く。
「可能性はある」
エリアスが答える。
ヒルデガルドは腕を組んだ。
「故障したなら、普通は戻るか、何か別の方法で知らせるでしょう」
そこで四人とも少し黙った。
ガイウスが立つ。
「見てくる」
エリアスが区域図を指した。
「最後の位置と経過時間なら、東七から東九の間だと思う」
「分かった」
ヒルデガルドが言う。
「ガイウス。補助中継器を越えて東へ入りすぎないで。あなたまで通信範囲から外れたら状況が悪化する」
「了解」
ガイウスは走っていった。




