【第1部】亡霊の混迷:手探りの犯罪インフラ(2024-2026) 第2章:残響の鎖(3) 案件屋のスコアシート
黒いセダンの助手席から、パーカーのフードを深く被った男が降りてきた。男は拓海たちの軽自動車の窓を叩くと、一枚のタブレット端末を突きつけてきた。それが、トクリュウの情報源である「案件屋」だった。
「ターゲットのデータだ。頭に叩き込め」
画面に表示されていたのは、標的となる民家の詳細な間取り図、住人である老人の行動パターン、そして「2500」という不気味な数字だった。2500万――それがこの家に眠るタンス預金の予測額だった。
「これ、どこで手に入れた情報なんですか……?」
拓海が怯えながら尋ねると、男は冷たく鼻で笑った。
「名簿業者、不用品回収の訪問履歴、役所の偽装アンケート。集めるルートなんかいくらでもある。この家は先週、リフォームの飛び込み営業で『足が悪い独居老人』って確定した優良物件だ」
彼らにとって、他人の人生や安全はただの「スコア(数字)」に過ぎなかった。資産状況から防犯システムの有無までを徹底的に数値化し、トクリュウの指示役に売り払う。この案件屋の存在こそが、近年の強盗事件が異常なほど高確率で資産家を狙い撃ちにできている背景だった。
「情報提供はここまでだ。あとは指示役の言う通りにやれ」
男はタブレットを引っ込めると、足早にセダンへと戻り、深夜の闇へと消え去った。
入れ替わるように、拓海の手元のスマートフォンから黒金の声が響く。
『情報通り、ターゲットは奥の和室で寝ている。防犯カメラは門扉の左上の一箇所だけだ。Rがカメラのレンズにスプレーを吹き付けろ。Tはバールで裏口のアルミサッシをこじ開けろ。三分で侵入を完了させろ』
「亮太、行くぞ……」
拓海は後部座席から黒いトートバッグを引っ掴んだ。
「無理だよ、拓海……手が震えて動けない……」
亮太はハンドルにしがみついたまま、涙を流して拒絶した。
『R、動かないなら今すぐお前の実家に男を向かわせる。実家の窓ガラスが割られる音が聞きたいか?』
スピーカーから響く黒金の容赦ない脅迫が、亮太の心を完全にへし折った。亮太は悲鳴のような吐息を漏らしながら車を降り、スプレー缶を握りしめてターゲットの邸宅へと歩き出した。
二人はもう、引き返せない暗黒のトンネルの最深部にいた。
だがその時、住宅街の数百メートル手前、街灯の消えた路地にひっそりと停車している、もう一台の一般車両があった。車内にいたのは、警視庁組織犯罪対策部の捜査員たちだった。彼らの耳には、別のルートから傍受した暗号化通信のログと、執念の追跡による確かな証拠が握られていた。
トクリュウの「見えない鎖」が最も激しく若者を縛り付けたその瞬間、警察の「網」もまた、静かに、そして確実に絞り込まれようとしていた。
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