【第1部】亡霊の混迷:手探りの犯罪インフラ(2024-2026) 第2章:残響の鎖(4) 闇に潜む眼
「ターゲットの防犯カメラ、無力化しました……」
亮太はスマートフォンのマイクに向かって、掠れた声で報告した。レンズは黒い塗料で塗りつぶされ、邸宅の正面玄関は完全な死角と化していた。
『よし。T、予定通り裏口へ回れ。バールを使え』
黒金の冷徹な指示が拓海の耳を打つ。
拓海は濡れた草むらを踏みしめながら、家の裏手へと回り込んだ。勝手口のアルミサッシにバールの先端を差し込む。金属が軋む嫌な音が深夜の静寂に響き、拓海の心臓は破裂しそうなほど激しく脈打った。
(俺は、何をやっているんだ。何でこんなところにいるんだ……)
脳裏をよぎる後悔を、スマートフォンの画面に浮かぶ「実家の住所」という文字が叩き消す。やらなければ、母が酷い目に遭う。その強迫観念だけが、拓海の腕に力を込めさせた。
ガキリ、と鈍い音がして、サッシの鍵が引きちぎれた。
「あ、開きました……」
『内部へ侵入しろ。足音を立てるな。寝室は廊下の突き当たりだ』
拓海と亮太は、泥棒のように身を縮めながら、暗闇に包まれた邸宅へと足を踏み入れた。
同じ頃、現場から三百メートル離れた捜査車両の中では、緊迫した無線が飛び交っていた。
「組対から各局、マル被(容疑者)の車両が目黒区の現場に侵入した。実行役の二名が邸宅の敷地内に入ったのを確認」
ハンドルを握るのは、警視庁組織犯罪対策部の若手刑事、志村だった。
警察は決して手をこまねいていたわけではなかった。近年のトクリュウによる連続凶悪事件を受け、警察庁は捜査方針を劇的に転換していた。事件が起きてから追うのではない。SNS上の不審なアカウントの売買、暗号化アプリの通信パターン、そして「案件屋」とみられる名簿業者の動向をサイバー班が徹底的にマークし、この数日間、水面下で「黒金グループ」の通信を一部傍受することに成功していたのだ。
さらに、警察側も架空の身分証を使い、闇バイトのリクルート窓口に偽装潜入する「おとり捜査」を仕掛けていた。その過程で浮かび上がったのが、今まさに邸宅に侵入している拓海たちの車両だった。
「志村、まだ動くな。現行犯で押さえるのは当然だが、今回の狙いは現場のトカゲの尻尾(実行役)だけじゃない」
助手席に座るベテラン警部補の松永が、鋭い眼光で無線機を握りしめる。
「上の指示役、そして情報を流した案件屋まで芋づる式に引きずり出す。実行役がターゲットの老人に接触する直前、最悪の事態が起きる寸前の『強盗予備・未遂』の瞬間を狙う。網を絞らせろ」
若者たちが恐怖に狂いながら犯罪の一線を越えようとするその瞬間、警察の執念の包囲網もまた、音もなく邸宅を包み込んでいった。
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