【第1部】亡霊の混迷:手探りの犯罪インフラ(2024-2026) 第2章:残響の鎖(2) カウントダウンの街
川谷から渡されたスマートフォンの画面で、『黒金』からの音声通話が繋がった。
スピーカーから流れてきたのは、ボイスチェンジャーで不自然に低く加工された、機械的な男の声だった。
『お前たちが「T」と「R」だな。今から指示を出す。一言も聞き漏らすな』
深夜一時、静まり返った港区の雑居ビルから連れ出された拓海と亮太は、用意されていたレンタカーの軽自動車に乗り込んだ。運転席には亮太、助手席には拓海。後部座席には、川谷から渡されたバールと粘着テープ、そして結束バンドが入った黒いトートバッグが置かれている。
『目的地は目黒区の住宅街だ。ターゲットは八十二歳の独居老人。足が不自由で、家に現金を隠し持っている。三十分後に現地へ到着しろ』
黒金の指示は冷徹で、淀みがなかった。
亮太は震える手でハンドルを握り、アクセルを踏み込んだ。深夜の都内は車通りも少なく、街灯の光が流れるように二人の顔を照らしていく。数日前まで、ただの大学生として呑気に歩いていた見慣れた景色が、今はまるで異世界の戦場のように見えた。
「なぁ、拓海……本当にやるのかよ。強盗なんて、捕まったら何年も刑務所だぞ……」
亮太のFileList(声)は完全に震えていた。
「じゃあ、どうするんだよ!」
拓海は助手席でスマートフォンを握りしめ、叫ぶように返した。
「断ったら母さんが殺される! 亮太の家だって狙われてるんだぞ! あいつら、本気でやる目に決まってるだろ、あの動画を見たろ!?」
雑居ビルで見せられた、裏切り者の凄惨な結末が脳裏に焼き付いて離れない。トクリュウが仕掛ける「暴力の恐怖」は、若者たちの理性や道徳心を完全に麻痺させていた。
『無駄口を叩くな。お前たちの会話はすべてこの端末経由で聞こえている』
突然、ダッシュボードに置いたスマートフォンから黒金の声が響き、二人は息を呑んだ。
『GPSで位置は常に監視している。速度を上げろ。二つ目の信号を右折だ。現場の周辺に、もう一台の車が待機している。そいつらが「案件屋」だ。お前たちに家の構造と、侵入ルートを教える』
トクリュウの恐るべき分業制。
実行役の拓海たち、全体を統括する指示役の黒金、そして標的の資産状況を事前に割り出して現場で手引きをする「案件屋」。互いの顔も名前も知らない他人同士が、暗号化アプリという見えない糸で繋がれ、一つの凶悪犯罪に向けて不気味にシンクロしていく。
午前一時四十分。軽自動車は、目黒区の閑静な高級住宅街の片隅に静かに停車した。
周囲は不気味なほど静まり返っている。拓海たちの車のすぐ前方に、ハザードランプを消した黒いセダンが停まっていた。その運転席の窓がゆっくりと開き、男が手招きをしている。
トクリュウの知られざる頭脳、そして同時に、警察の捜査網が水面下で彼らを捉えようとしていることなど、極限の恐怖に支配された拓海たちには知る由もなかった。
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