【第1部】亡霊の混迷:手探りの犯罪インフラ(2024-2026) 第1章:闇バイトの崩壊(4) 連鎖する蜘蛛の糸
リュックの運搬を終えた拓海に支払われたのは、約束通りの五万円だった。しかし、手に入った大金への喜びなど微塵もなかった。ただ、母親の安全を金で買ったような、綱渡りの安堵感があるだけだった。
だが、トクリュウという怪物が、一度掴んだ獲物をこれだけで解放するはずがなかった。数日後、テレグラムの「マネージャー」から再び着信が入る。
『T、次の案件だ。今回は「叩き(強盗)」の現場へ行ってもらう。道具はこっちで用意する』
強盗。その二文字を見た瞬間、拓海の全身から血の気が引いた。ニュースで連日報道されている、高齢者宅を襲うあの凶悪事件に自分が駆り出されようとしている。
「無理です! 強盗なんて絶対にできません!」
必死で画面を叩いた拓海に対し、マネージャーは冷酷な音声ファイルを送りつけてきた。再生すると、低く濁った男の声がスピーカーから流れる。
「お前がやらねえなら、実家の母親に代わりに体で払ってもらうだけだ。住所は分かってんだよ」
恐怖で過呼吸になりかけた拓海に、画面のテキストが追い打ちをかける。
『ただし、回避する方法が一つだけある。お前の代わりに動く「代わりの人間」を一人、このグループに引き入れろ。そうすれば、今回の件はお前を外してやる』
悪魔の誘惑だった。自分が助かるために、誰かを身代わりに差し出す。拓海の脳裏に、高校時代からの親友で、同じ大学に通う亮太(りょうた・20)の顔が浮かんだ。亮太もまた、最近車の免許を取りたがり、まとまった金を欲しがっていた。
「割のいい、簡単なデータ入力のバイトがあるんだ」
翌日、大学の食堂で、拓海は引き攣った笑顔で亮太に声をかけた。自分がかつて踏んだ罠と全く同じ嘘を、今度は自分が親友に向かって吐き出している。その罪悪感で吐き気がしたが、実家の母の顔を思い浮かべ、拓海は必死で心を鬼にした。
「へえ、ハルトってインフルエンサーの紹介なんだろ? 拓海がやってるなら安心だな」
亮太は無邪気に信じ込み、その場で拓海から教えられたテレグラムの窓口へ連絡を入れた。亮太もまた、言われるがままにマイナンバーカードの写真を送信していく。
その様子を横で見つめながら、拓海の心は黒い泥に染まっていくようだった。自分が生き残るために、親友の首に自ら縄をかけたのだ。トクリュウの巧妙なシステムは、被害者を一瞬にして「リクルーター(勧誘役)」という加害者へ仕立て上げ、若者たちの強固なコミュニティを内側から食い破りながら、そのネットワークを無限に増殖させていた。
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