【第1部】亡霊の混迷:手探りの犯罪インフラ(2024-2026) 第1章:闇バイトの崩壊(3) 見えない首輪
身分証を送った翌日、拓海のスマートフォンに「テレグラム」という暗号化アプリのダウンロードリンクが送られてきた。
『今後の業務連絡はすべてこちらで行います。あなたのアカウント名は「T」に設定してください』
指示の主は「マネージャー」と名乗った。最初の業務は拍子抜けするほど簡単だった。指定された複数のSNSアカウントをフォローし、特定の投稿に「いいね」を押していく。それだけで、初日に五千円がデジタル決済アプリ経由で振り込まれた。
「本当にホワイト案件だったんだ」
拓海は胸をなでおろした。これなら学費の足しになる。だが、三日目、マネージャーからのメッセージのトーンが一変した。
『T、次のステップへ進んでもらいます。明日の午後、指定する場所で「荷物」を受け取り、別の場所へ運んでください。報酬は一回五万円です』
五万円。あまりの額の大きさに、拓海の心臓が跳ね上がった。
「あの、何の荷物ですか? 違法なものじゃありませんよね」
拓海が恐る恐るメッセージを返すと、数分間、既読がついたまま沈黙が流れた。その静寂が、妙に生々しい恐怖を誘う。やがて、一枚の写真が送られてきた。
それは、拓海が最初に送った「マイナンバーカードを持つ自分の顔写真」だった。続いて、Googleストリートビューで撮影された、見覚えのある一軒家の写真。拓海の実家だった。
『T、勘違いするな。お前の名前も、大学も、実家の住所も、母親の職場もすべて把握している。今さら抜けるなんて通じないぞ』
冷徹なテキストが画面を埋め尽くす。
『これはただのビジネスだ。お前が指示通り動けば、金が手に入り、家族も安全だ。だが、もし警察に駆け込んだり、バックれたりしてみろ。お前の写真を「詐欺師」としてネットに拡散し、実家に身内を送り込む。母親がどうなってもいいんだな?』
指先が激しく震えた。スマートフォンの画面が、恐ろしい怪物の目に見えた。
「すいません、やります。やらせてください」
拓海は涙目で文字を打ち込んだ。断れば、実家の母に刃が向く。警察に行けば、自分が犯罪の片棒を担ぎかけたことがバレて退学になる。十九歳、世間知らずの大学生の思考回路は、一瞬で機能停止に追い込まれた。
翌日。指示された都内の駅前コインロッカーから、拓海は黒いリュックサックを回収した。テレグラムからは、秒単位で指示が飛んでくる。
『改札を出て左、三台目の自販機の前に立て』
『後ろを振り返るな。今、横を通り過ぎた男を追え』
自分が誰に動かされているのか、このリュックの中に何が入っているのかすら分からない。ただ、スマートフォンの画面の向こうにいる「見えない主」に命じられるまま、拓海はロボットのように歩き続けた。完全に首輪を繋がれた、トクリュウの「実行役」が誕生した瞬間だった。
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