第三部 深淵の共鳴 第一章【 沈黙の感染 】 第1話 沈黙の感染
スマート化が進み、便利さと隣り合わせで進化し続ける悪意。
しかし、それを見つめ、守り続ける捜査員たちの目がある限り、
闇の網がこの街を完全に覆い尽くすことはない。
片桐蓮が光へ歩み出し、桐生忠雄の平穏が守られたように。
人間とテクノロジーの狭間で繰り広げられる知恵比べの果てに、
警察の執念は、これからも不屈の盾となって立ち塞がり続けるのだ。
案件屋・神崎、
AI統括役『亡霊』こと黒田の逮捕を経て、
トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)の
主たる情報網と自律型システムは壊滅したかに思われた。
だが、警視庁サイバー犯罪対策課のモニターの前に立つ
志村刑事の表情には、
いささかの晴れやかさもなかった。
「松永さん……『亡霊』の残党の動きを追っていたんですが、妙なことが起きています」
松永警部補が深煎りの缶コーヒーを片手に、志村のデスクへ歩み寄る。
「妙なこと? 黒田のサーバーは押収したし、無人換金の通信ルートもすべて遮断したはずだぞ」
「はい。ですが、全国の高齢者世帯や一人暮らしの住民から『警察や行政を騙る不審な事前電話(アポ電)』の通報件数が、この一ヶ月でゼロになったんです」
松永は目を見開いた。「ゼロ?トクリュウが足を洗ったとでも言いたいのか?」
「いいえ。逆です」志村はキーボードを叩き、全国の犯罪被害データベースと最新の通信ログを重ね合わせた。
「手口が変わったんです。電話もかかってこない、訪問者も来ない、スマート家電の異常なパケット通信すら発生していません。しかし――全国の地方銀行や信用金庫で、高齢者の口座から『ご本人の正常なスマホ操作』によって、少額の資金が数日おきに静かに引き出され続けています。被害者本人は、自分が被害に遭っていることにすら気づいていません」
「アポ電も、AIによるハッキングもなしに……どうやって口座を操作させている?」
松永の問いに、志村は一枚のスクリーショットを画面に映し出した。
それは、多くの高齢者が日常的に利用している「自治体公式の健康管理アプリ」や「地域見守り防災アプリ」の偽更新プログラムの解析データだった。
『亡霊』が残した遺産は、強引なハッキングではなく、人々の「安心」や「親切心」に付け込む「沈黙の潜伏型マルウェア」へと変貌を遂げていたのだ。
「被害者たちは自ら、公式だと思い込んでアプリを更新し、知らぬ間にスマートフォン内の権限をすべて奪われています。そして、指示役が背後にいることすら知らず、端末の画面に表示される『行政からの定期確認』や『セキュリティ更新』の案内に従って、自分自身の指で暗証番号を入力させられているんです」
脅迫も、暴力も、露骨なハッキングすら存在しない。
ただ住民の日常に深く静かに溶け込み、被疑者の顔も声も一切見せないまま、内側から侵食していく新たな脅威――。
「……今度は、被害者自身を『無自覚な実行役』に仕立て上げる気か」
松永の呟きが、静まり返った捜査室に重く響いた。闇の中に潜む次なる影との、誰も経験したことのない不気味な戦いが、ここに幕を開けたのだった。
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東京都足立区。
築四十年の木造住宅で暮らす矢野とし子(74)は、
毎朝の日課であるスマートフォンの操作をしていた。
二年前に娘から贈られたその端末には、
区が推奨する「健康ポイントアプリ」が入っている。
毎日の歩数に応じてポイントが貯まり、
地域の商店街で使えるクーポンと……。
カタリストの話の続きは、
まとめて、別のタイトルで書きます。
明日も、19:20 に、投稿します。
よろしくお願いいたします。




