第2章 資産接触プロトコル 【 第5話 】 網の上のノイズ
〈本シナリオの実行には、
無人端末群の遠隔制御を担う
専用インフラの構築が必要。
推定開発期間:3ヶ月〉
亡霊は椅子にもたれ、
モニターの光を見つめながら、
次の段階への準備を静かに始めた。
日本のどこかで、老人の知らぬ間に、
彼の人生の蓄えを飲み込む網が、
着実に編み上げられていた。
2026年6月。警視庁サイバー犯罪対策課。
「松永さん、
全国の無人店舗やセルフレジ型チャージ機で、不可解なエラーパケットが同時多発しています」
志村刑事がモニターに日本地図を映し出した。
東京、大阪、福岡――都市部の
駅構内や深夜の無人店舗に設置された端末が、赤い点となって点滅している。
「少額の電子マネーの分散引き出し・チャージ処理が、ミリ秒単位の同調精度で行われています。
防犯カメラを確認させましたが、どの端末の前にも人影はありません。
スマートフォンのNFCやBluetoothを遠隔から不正操作し、
近接した一般客の端末を無自覚な『中継器』として踏み台にしている可能性があります」
松永警部補は缶コーヒーを手に、深く眉間にしわを寄せた。
「出し子や受け子すら使わない……。人間を現場から完全に消去した換金ルートか」
「はい。そして、この分散処理のバックボーンとなっているデータフローを遡ると、
K市の桐生忠雄氏の資産データと完全に紐付きます。
奴らは『人間の手』を一切介さず、
老人の蓄えを全国の無人インフラ経由で暗号資産へと変えようとしています」
熱帯都市のビル。
モニターに向かう『亡霊』の口元には、薄い笑みが浮かんでいた。
〈Project ZEROHAND:分散無人換金プロトコル 実行中〉
〈回収進捗率:42%/検出リスク:0.00%〉
画面上では、日本全国の無人キオスクや決済端末を経由し、
数字の列となって消えていく桐生忠雄の資産が可視化されていた。
防犯カメラに映るのは、何も知らずに端末の横を通り過ぎる一般の利用客だけだ。
カメラに犯人の顔は永遠に映らない。
「警察がどれだけ防犯カメラを解析しようが、存在しない人間を捕まえることはできない。案件屋に調査させ、AIに計算させ、無人端末に回収させる。これぞ完全なる犯罪エコシステムだ」
『亡霊』が勝利を確信した、その瞬間だった。
画面の右下、全国の無人端末を結ぶデータ通信のノード(節点)のひとつが、
前触れもなく灰色に反転した。
〈警告:ノード#088(横浜駅構内端末)との通信が遮断されました。原因:物理的ラインの強制切断〉
続いて、二つ目、三つ目のノードが次々と消滅していく。
「何……!?
AIの迂回ルートが遮断されている……?
なぜだ、踏み台にしている端末のIPは分散させているはずだぞ!」
「志村! 踏み台にされているNFC通信の『出口』から、逆コンパイル用のハニーパケットを流し込め!」
警視庁のサイバー室では、松永の怒号が響いていた。
「了解! 奴らは人間を消すために『近接通信の自動応答』を利用しました。
だがそれは逆に、
現場にある無人端末の通信アンテナ自体が、
奴らのネットワークへ直接アクセスする『入口』になったということです!」
警察は、犯人を防犯カメラで探すのを完全に諦めていた。
代わりに、全国の鉄道事業者やコンビニチェーンと緊急連携し、
異常なパケットを発信している無人端末の通信エリアをピンポイントで物理遮断。
同時に、その通信波に乗せて警視庁特別追跡プログラムを『蜘蛛』の専用インフラへ逆流させたのだ。
『亡霊』のモニター上で、構築したはずの「見えない網」が怒涛の勢いで赤く染まっていく。
〈致命的エラー:逆追跡パケットの流入を確認。中央サーバーの暗号化プロキシが破綻中〉
「バカな……! 人間を排除した完璧なシステムのはずだ! なぜ届く!?」
『亡霊』は激昂し、キーボードを叩きつけた。
だが、画面の向こうから伸びてきた警察の「デジタル捜査網」は、彼が頼みにしていたAIの計算能力すらも飲み込みながら、東南アジアの彼の潜伏先へとまっすぐに迫っていた。
©2026 [風風風]. All rights reserved.
スコールが止み、
蒸し暑い湿気が満ちる熱帯都市の夜。
「警察だ! 動くな!」
突如として
プレハブ風高層一室の重厚なドアが爆破破砕され、
現地特殊部隊と日本の国際刑事課捜査官が
一斉に雪崩れ込んだ。
明日も、19:20 に、投稿します。
よろしくお願いいたします。




