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亡霊のアルゴリズム(冷徹なる処刑装置)  作者: 風風風


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第2章  資産接触プロトコル 【 第3話 】 桐生忠雄の一日

モニターの端で、システムが静かに

次のフェーズへの移行を告げた。

〈Phase 2:資産接触プロトコル起動準備完了〉

日本の片隅で老人が知らぬ間に、

遠い異国のAIが

彼の人生の残りを計算し始めていた。

K市の夜は、

いつもと変わらず静かだった。

桐生忠雄の一日は、

いつも判で押したように同じだった。


朝六時に起き、庭の草木に水をやり、

仏壇に線香を上げる。

朝食は白米と味噌汁、漬物。

午前中は縁側で新聞を読み、

午後は近所を散歩する。

テレビは夕方のニュースだけつける。

就寝は九時。


その規則正しい生活パターンそのものが、

AIにとっては貴重なデータだった。


『蜘蛛』のシステムは、

桐生家に近接する集落共用の

センサー網――street lampに仕込まれた

人感センサー、EV充電ステーションの利用ログ、

ゴミ集積所の防犯カメラ――から

間接的に収集される情報を統合し、

桐生の生活リズムを九割以上の精度で再現していた。

直接的な監視カメラのハッキングすら必要なかった。


「本人が気づかぬうちに、生活そのものが情報を垂れ流している」


『蜘蛛』はそう独りごちながら、

AIが生成した「接触シナリオ案」を三つ並べて眺めた。


一つは、点検業者を装った訪問による物理的な家屋調査。

二つ目は、集落の高齢者向け見守りサービスを騙る電話接触。

三つ目は、最も野心的な案――桐生が利用している

地域金融機関のシステムへの間接侵入だった。


AIは、これら三案の成功確率とリスクをそれぞれ算出し、

迷わず三つ目を推奨した。

人間なら躊躇するであろう選択を、AIは何の感情もなく提示してくる。


地域金融機関「K信用金庫」は、

スマート集落プロジェクトの一環として、

高齢者向けの簡易オンラインバンキングサービスを導入していた。

桐生忠雄も、息子代わりに世話を焼く民生委員に勧められ、

渋々ながらタブレット端末での残高照会機能だけを使っていた。


AIが目をつけたのは、その認証システムの隙間だった。


生体認証は導入されておらず、簡易PINコードと、

あらかじめ登録した「秘密の質問」による本人確認が採用されていた。

質問項目は「旧姓」「出身小学校」「初めて飼ったペットの名前」

といった、一般的なものだ。


『蜘蛛』のAIは、桐生忠雄に関する

断片的な公開情報――古い不動産業組合の会報、

地元紙のインタビュー記事、

亡き妻の葬儀に関する地域回覧板の記録などをクロール収集し、

これらの「秘密の質問」の答えを高い確率で推測するモデルを構築していた。


「人間が『秘密』だと思っているものほど、実はどこかに痕跡を残している」


『蜘蛛』は、AIが導き出した候補群をひとつずつ確認しながら、

静かに笑った。

九割の確度で正解と推定される答えが、すでに三つ揃っていた。


だが同時に、システムはひとつの警告を表示していた。


〈本人確認突破後、資金移動には物理的介在者(受け子)が必要な可能性:67%〉


その警告こそが、『蜘蛛』にとって最大の課題だった。


デジタル上でどれだけ完璧に本人になりすませても、

最終的に「現金」あるいは「資産」を回収する段階では、

どうしても物理世界との接点が生まれる。

ATMでの引き出し、口座間送金の受け皿、あるいは

不動産の売却手続き――そのどこかに、

必ず摘発の糸口となる「人間」が介在してしまう。


これまでのトクリュウ犯罪が繰り返し摘発されてきたのも、

まさにこの「受け子」「出し子」と呼ばれる末端の実行役が、

警察の網に真っ先にかかるためだった。


「そこを埋めるのが、この実験の本当の目的だ」


『蜘蛛』はモニターに新たなウィンドウを開いた。

そこに表示されていたのは、ある地方銀行が試験導入を始めたばかりの、

無人契約手続きシステムの技術資料だった。

生体認証を必要とせず、

事前登録した端末とPINのみで

高額取引が完結する――金融業界の利便性向上競争が生み出した、

もうひとつの「隙間」である。


「桐生忠雄の資産は、その実験台になってもらう」


『蜘蛛』は静かにキーボードを叩き、新たなプロトコルを起動した。


〈Phase 3:無人化資金移動シナリオ シミュレーション開始〉


システムが演算を始める中、

『蜘蛛』は椅子の背にもたれ、モニターの光を見つめた。

人間を一人も使わずに、

老人の人生の蓄えを消し去る計画が、いよいよ最終段階に近づいていた。


©2026 [風風風]. All rights reserved.

熱帯都市の高層ビル、その一室。

モニターに映る自らのコードネームを、

彼は静かに書き換えた。

〈蜘蛛〉から〈亡霊〉へ。

理由は単純だった。

「蜘蛛」という名は、……。


明日も、19:20 に、投稿します。

よろしくお願いいたします。

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