【第2部】「自律分散型スマート集落」 第2章:初期プロトタイプが稼働(4) 闇の中の足音
警察によって、接続元プロバイダへ開示請求がかけられた。
暗い部屋の隅で、膝を抱えて震えていた片桐蓮は、神崎が逮捕されたことを知る由もなかった。
蓮は、スマホがいつ「実家に男を向かわせた」というメッセージを受信するのかという恐怖と闘っていた。激しい恐怖が、彼の精神を削り取っていた。
カチャリ、と静かな部屋に無機質なドアノブの音が響いた気がして、蓮は弾かれたように跳ね起きた。
部屋の灯りは消したままだ。スマートフォンを握りしめた手は汗でべっとりと湿り、画面の青白い光だけが、壁に貼られた大学の講義日程表を虚しく照らしている。
(来ない……。いや、明日かもしれない。それとも、もう実家に……?)
『L』として指示されるまま、世田谷の資産家宅の勝手口を撮影して送信してから、丸一日が経過していた。それ以降、神崎(リクルート窓口)からの連絡はぷっつりと途絶えている。
連絡がないことが、かえって蓮の恐怖を極限まで跳ね上げていた。指示を完遂したのか、それとも自分の撮った写真に不備があって「お仕置き」が始まるのか。マイナンバーカードをSNSに晒され、実家の両親が凶悪な男たちに襲われる光景が、頭の中で何度も何度もループする。
逃げ出したい。警察に行きたい。
だが、警察に行けば自分自身が強盗の下調べをした犯罪者として捕まる。大学は退学、人生は終わりだ。
「どうすればいいんだよ……っ」
顔を覆って絶望に泣き崩れたその時、手に握っていたスマートフォンがブブッと激しく振動した。
跳ね上がる心臓。恐怖で眩暈を覚えながら画面を覗き込む。
テレグラムの通知ではなかった。画面に表示されていたのは、「非通知設定」からの着信音だった。
(来た……。神崎の仲間か……?)
指示役はテレグラムだけでなく、緊急時には直接電話をかけてくると脅されていた。断れば何が起きるか分からない。蓮はガタガタと震える指で通話ボタンをスライドさせ、耳元へ押し当てた。
「……は、はい」
『片桐蓮さんですね』
スピーカーから聞こえてきたのは、冷酷なトクリュウの脅迫電話ではなく、低く落ちついた、どこか温かみのある中年男性の声だった。
『警視庁サイバー犯罪対策課の松永です。驚かないで静かに聞いてください』
「え……け、警察……!?」
『あなたを脅迫していた案件屋の神崎達也は、本日午前、捜査班によって逮捕されました。神崎が所有していたサーバーも押収済みです。あなたのマイナンバーカードのデータも、実家の情報も、すべて警察の管理下にあります。もう、誰もあなたや家族を脅すことはできません』
静まり返った暗い部屋に、松永の言葉がゆっくりと染み渡っていく。
自分が囚われていた底なしの恐怖が、一瞬にして霧散したことを理解した瞬間、蓮の膝から一気に力が抜け、その場に崩れ落ちた。
©2026 [風風風]. All rights reserved.
「本当……なんですか? 母さんたちも……大丈夫なんですか……?」
スマホを握りしめたまま床にへたり込み、蓮の目に涙が溢れ、視界が激しく歪む。
「ああ、神崎の端末から得た情報を元に、すでに実家周辺の警察署にも手配済みだ。お前たちの身の安全は確保されている」
電話の向こうで、松永警部補が答えた。
明日も19:20に投稿します。
よろしくお願いします。




