【第2部】「自律分散型スマート集落」 第2章:初期プロトタイプが稼働(3) デジタル鑑識(フォレンジック)
神崎の「情報の要塞」が、警察のサイバー捜査によって崩壊した。画面の向こうで蠢く、名簿を買っていた「真の首謀者たち」を炙り出すための戦いが、ここから始まる。
押収された神崎のパソコンとサーバー群は、直ちに警視庁のデジタル鑑識室へと運び込まれた。何台ものモニターが並ぶ室内で、サイバー班の技術官たちが夜を徹して解析を進めている。
「松永さん、解析結果の第一弾が出ました」
志村刑事があまりの情報量に目眩を覚えたような表情で、プリントアウトされた分厚い束を松永に手渡した。
「神崎のサーバーから抽出されたのは、単なる名簿じゃありません。全国各地の高齢者世帯約十万件の『暗号化データベース』です。資産状況、防犯対策の有無、家族の同居状況、そして過去に詐欺に遭ったかどうかの履歴まで、すべて『価値変換スコア』として分類されていました」
松永は資料をめくりながら、固い表情で息を呑んだ。
「十万件……。これが全部、トクリュウのターゲット候補か」
「はい。そして神崎は、この名簿を海外の指示役に売るだけではありませんでした。先ほど押収したチャットログから、神崎自身が『名簿の更新』のために、SNSで募集した末端の大学生たちに脅迫的な指示を出していた痕跡が大量に見つかりました」
志村が画面を操作すると、ある一つのアカウントのログが拡大表示された。
『アカウント名:L。世田谷区成城の調査を担当。本日、マイナンバーカードの画像を取得済み。拒否した場合は実家へ追い込みをかける旨を伝達』
「この『L』……」
松永の目が止まった。
「世田谷の現場で勝手口の写真を送らせていたガキだな。神崎の手下として動かされていたが、実態は個人情報を握られて脅迫されている被害者でもある」
トクリュウの恐ろしさは、この「二重構造」にある。案件屋である神崎は、高額で情報を売り捌く加害者でありながら、末端の若者を恐怖で縛り付ける「支配者」として君臨していたのだ。
「志村、この『L』のスマホのIPアドレスから、現住所を特定しろ。神崎を挙げた今、指示役からの『圧迫』は消えたはずだが、恐怖で追い詰められたガキが自暴自棄になって次の犯罪に走る前にな」
「了解! 接続元プロバイダへ緊急開示請求をかけます!」
その頃、世田谷の狭いワンルームマンションで、片桐蓮は暗い部屋の隅で膝を抱えて震えていた。
神崎が逮捕されたことを知る由もない蓮のスマートフォンは、静まり返ったままだ。しかし、いつ「実家に男を向かわせた」というメッセージが届くかという恐怖が、秒刻みで彼の精神を削り取っていた。
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部屋の灯りを消したままの蓮。スマホを握りしめた手は汗でべっとりと湿り、画面の青白い光だけが、連を虚しく照らし出す。
(来ない……。いや、明日かもしれない。それとも、もう実家に……?)
世田谷の資産家宅の勝手口を、撮影して送信してから以降、神崎からの連絡は途絶えている。
蓮は、……。
連絡がないことが、かえって蓮の恐怖を極限まで跳ね上げていた。
明日も 19:20 に投稿します。
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