【第2部】「自律分散型スマート集落」 第2章:初期プロトタイプが稼働(1) プロトタイプの限界
構築したシステムが完璧であり、自分自身は「安全な領域」にいると信じて疑っていない神崎。
張り巡らせた「見えない名簿」の網が、警察の手によって静かに、そして確実に破られようとしていることにも気づかずに。
一方カタリストは、2027年にはプロトタイプを完成させている。
2027年には、カタリストのプロトタイプが動き始めている。
オークション終了から二日後の深夜。関東近郊のモデル地区に指定されたばかりのスマート集落で、計画は決行された。
カタリストは東南アジアの自室から、プロトタイプが収集する各種データログをリアルタイムで監視していた。モニターには、ターゲットとなった高齢資産家宅周辺のトラフィック情報が、淡い緑色のグラフとなって流れている。
情報を買い取った犯罪グループは、カタリストが提供したデータ通り、防犯システムの定時通信が数秒間だけ瞬断する「インフラのエアポケット」を正確に突いて敷地内に侵入した。ここまでは、男の設計した計算通りの展開だった。
「指示も対話も不要。ただ正しい情報さえ置けば、害虫どもは勝手に蜜に群がる」
カタリストは薄い唇を歪め、勝利を確信しかけていた。人間同士の通信を完全に遮断し、情報の売買という無機質な取引だけに絞ったことで、捜査の手が自分に及ぶルートは完全に断たれているはずだった。
しかし、犯行が佳境を迎えたその時、モニターのグラフが不規則に跳ね上がった。
現地で予期せぬトラブルが発生したのだ。情報を買ったグループは、カタリストが警告していた「自動通報装置のバックアップ回線」の存在を無視し、あろうことか強引に室内の金庫を物理破壊しようとした。その衝撃振動を感知した予備センサーが起動し、集落内の民間警備ドローンへ即座に緊急信号が送信された。
現場は大混乱に陥った。焦った侵入者たちは資産家に暴行を加え、暗号資産の入ったハードウェアウォレットを奪うことには成功したものの、駆けつけた警備ドローンとパトカーの包囲網に引っかかり、敷地外の路上で全員が御用となった。
「蠢く害虫どもめ……!」
高層ビルの一室で、カタリストは握りしめた拳を机に叩きつけた。
事件の知らせは瞬く間に日本のニュースサイトを駆け巡った。警察は「スマート集落を狙った新手の強盗グループを即座に逮捕」と大々的に発表した。
カタリスト自身への追跡経路は完璧に遮断されていたため、彼の元に捜査の警報が鳴ることはなかった。しかし、彼が直面したのは物理的な敗北ではなく、自らの設計思想に対する冷酷かつ明白な齟齬だった。
「情報を買う側の『能力』と『知性』に依存している限り、どれほど完璧なデータを渡しても現場で破綻する」
買い手の人間が無知であり、衝動的であれば、どれほど緻密な侵入プランもただの野蛮な暴力へと劣化する。そして、現場で失敗した人間が捕まれば、情報の入手元であるオークションサイトや暗号資産の送金ルートに対して、警察の監視の目がより一層強まることになる。
「人間を駒として使うこと自体が、最大の欠陥なのだ」
情報を与えて人間に実行させるのではない。計画の立案から実行の制御、資金の回収に至るまで、人間の『意志』や『判断』を一切挟まない仕組みを築かなければ、真の完全犯罪などあり得ない。
暗い部屋の中で、カタリストの瞳に冷徹な焦躁が宿っていた。プロトタイプの限界と、人間の愚かさという壁。この新たな齟齬を乗り越えるための模索は、彼をさらなる思考の深淵へと追い込んでいくのだった。
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六本木の高級タワーマンションを、捜査員たちが一斉捜索する日も近そうだ。
明日も 19:20 に投稿します。
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