【第2部】「自律分散型スマート集落」 第1章:初期プロトタイプが稼働(5) 不可視の網
蓮のスマホの画面が切り替わる。
表示されたのは、蓮のマイナンバーカードの画像、アパートの住所、大学の名称だった。
『逃げ出せば、お前が強盗の下調べをしていた証拠として大学と警察にバラす』
画面に踊る冷酷な脅迫。
気軽な「ホワイト案件」の仮面が剥がれ落ち、トクリュウの毒牙が、完全に彼の首元へと突き立てられた瞬間だった。
『五分以内に写真を送れ。さもなければ、お前のマイナンバーカードをSNSの闇バイト募集画像として拡散する』
画面に表示された文字が、絶望の重さで蓮の視界を歪ませる。「ホワイト案件」などという言葉は最初から存在しなかったのだ。一度自分の個人情報を渡してしまった時点で、自分は「調査員」から、いつでも使い捨てにできる「人質」へと変わっていた。
蓮は震える足で、標的とされた高級住宅の塀の影へと潜り込んだ。心臓が鳴り響き、汗が目に入って沁みる。ポケットから取り出したスマートフォンで、勝手口の鍵と防犯センサーを撮影する。
(俺は犯罪に手を貸している……)
罪悪感と恐怖で吐き気がこみ上げるが、画面の向こうの指示に従うことしかできなかった。写真を送信すると、一瞬で「受信完了」のマークがついた。
――その瞬間、数キロ離れた警視庁のサイバー犯罪対策課。
「警部! 通信の特定に成功しました!」
志村刑事が叫ぶように画面を指し示した。
「世田谷区成城の端末から送信された大容量画像データが、海外プロキシを経由しつつも、港区六本木の特定のタワーマンション内にある高速回線サーバーへ着信しました。アクセスログの整合性、100%です!」
松永警部補は缶コーヒーをゴミ箱へ叩き込むと、鋭い眼光で立ち上がった。
「現場の調査員(実行役)を泳がせた甲斐があったな。情報が集約される『案件屋の本拠地』の場所が割れたぞ」
これまでトクリュウの捜査は、現場で捕まる末端の若者たち止まりになることが多かった。だが、2025年から2026年にかけて警察当局が推進してきた「通信パケットの多重解析」と「デジタル・フットプリントの自動追跡捜査」が、ついに暗躍する案件屋の「尻尾」を完璧に捉えたのだ。
「組対と合同で動く。六本木のタワーマンションへガサ入れの準備だ。案件屋のデータベースを生きている状態で押さえるぞ!」
「了解!」
同じ頃、港区の自室でワインを傾けていた神崎は、蓮から送られてきた勝手口の最新写真を検分し、満足げに笑っていた。
「これで世田谷の案件は完璧だ。指示役に五百万円で売れる」
神崎は自分の構築したシステムが完璧であり、自分自身は決して表舞台に出ない「安全な領域」にいると信じて疑っていなかった。自分が張り巡らせた「見えない名簿」の網が、警察の手によって静かに、そして確実に破られようとしていることにも気づかずに。
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構築したシステムが完璧であり、自分自身は「安全な領域」にいると信じて疑っていない神崎。
張り巡らせた「見えない名簿」の網が、警察の手によって静かに、そして確実に破られようとしていることにも気づかずに。
一方、カタリストは2027年には、……。
明日も 19:20 に投稿します。
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