【第2部】「自律分散型スマート集落」 第1章:初期プロトタイプが稼働(4) デジタル痕跡(トレース)
「警部、また同じ通信パターンが出ました」
警視庁サイバー犯罪対策課。無数のモニターが青白い光を放つ室内で、若手捜査員の志村が声を張り上げた。画面には、複雑に入り組んだ暗号化通信のトラフィック解析図が広がっている。
「都内各地で相次ぐ闇バイトの現地調査アプリから、同一の海外プロキシサーバーを経由して、特定の国内IPアドレスへデータが集約されています。そのデータ量はここ一ヶ月で爆発的に増加しています」
ベテラン警部補の松永が、紙コップのコーヒーを手に志村の肩越しに画面を覗き込んだ。
「世田谷、目黒、杉並……。最近、強盗予備や強盗被害に遭った住宅のエリアと見事に一致するな」
松永の目が鋭く光る。
近年のトクリュウによる凶悪強盗事件。犯行のあまりの効率性の良さから、警察当局は「裏で情報を統括し、標的を絞り込んでいる専門の存在=案件屋」の存在を確信していた。実行役の若者たちをいくら捕まえても、この「案件屋」を叩き潰さない限り、ターゲットを変えて事件は永遠に起き続ける。
「単なる名簿屋じゃない。現地で足を使って得たリアルタイムの防犯状況や、高齢者の資産情報をデータベース化し、海外の指示役に売り捌いている巨大な『情報の問屋』がいる」
松永は呟いた。
「今年(2025年)から強化されたサイバー捜査の新しい解析ツールをフル稼働させろ。暗号化アプリ自体の解読は難しくても、末端の調査役がデータを送信する際のパケット通信の周期、そしてデータの『集約地点』なら必ず足跡が残る」
その頃、世田谷の路上にいた片桐蓮は、スマートフォンの画面を見つめながら途方に暮れていた。
『これより「フェーズ2」に移行する。ターゲット宅の裏手に回り、鍵の形状と防犯センサーの有無を写真で送れ』
(敷地内に侵入しろってことか……? それは流石にマズいんじゃないのか)
蓮の胸を、強い胸騒ぎが襲う。これまでの「外からの調査」とは明らかに一線を画す指示だった。
「すみません、敷地内に入るのはちょっと……」と拒否のメッセージを打ち込もうとしたその時、スマートフォンの画面が切り替わった。
そこに表示されたのは、蓮のマイナンバーカードの画像と、彼が一人暮らしをしているアパートの住所、そして大学の名称だった。
『お前のデータはすべてこちらが握っている。途中で逃げ出せば、お前が強盗の下調べをしていた証拠として大学と警察にバラす。実家にも男を向かわせる』
画面に踊る冷酷な脅迫。
「な……なんだよ、これ……」
蓮の指がガタガタと震え始める。気軽な「ホワイト案件」の仮面が剥がれ落ち、トクリュウの毒牙が、完全に彼の首元へと突き立てられた瞬間だった。
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