【第2部】「自律分散型スマート集落」 第1章:初期プロトタイプが稼働(3) 資産家スコアシート
「おい、次のエリアのデータを早く上げろ」
テレグラムの画面に、リクルート窓口からの冷たい催促が届く。
片桐蓮は、世田谷区の別の住宅街を歩きながら、額の汗を拭った。手元のクリップボードには、数軒の住宅の「特徴」がびっしりと書き込まれている。
最初はただのアンケート調査だと思っていた。しかし、ここ数日、指示役からの要求はエスカレートしていた。
『電気メーターの回る速度を確認しろ』
『留守がちな時間帯を特定しろ』
『犬を飼っているか、防犯砂利が敷いてあるか調べろ』
(これ、本当に普通のマーケティングリサーチなのか……?)
蓮の脳裏に、かすかな疑念がよぎる。しかし、アプリの向こうの指示役は、蓮のそんな迷いを見透かしたように、追加の報酬をデジタル決済アプリ経由で即座に振り込んできた。
『丁寧な調査にはボーナスを出す。お前は優秀だ、L』
褒め言葉と金。その二つが、二十歳の大学生の倫理観を巧みに麻痺させていく。蓮は「深く考えるな、これはただのデータ入力だ」と自分に言い聞かせ、スマートフォンの送信ボタンを押し続けた。
――同じ頃。港区のタワーマンション。
「案件屋」の神崎は、蓮から送られてきたリアルタイムのデータを、自作の管理システムへと流し込んでいた。
画面上には、世田谷区、目黒区、杉並区といった都内の高級住宅街の地図が広がり、無数のピンが立っている。ピンをクリックすると、そこに住む高齢者の氏名、年齢、家族構成、さらには「推定保有現金」までが、まるでゲームのステータス画面のように詳細に表示された。
「いいね、この『L』ってガキ、いい目の付け方をしてる」
神崎は高級チェアに深く寄りかかり、ワイングラスを傾けた。
神崎が構築したシステム、それこそがトクリュウの強盗や特殊詐欺を成功させるための「スコアシート」だった。名簿業者から数万件単位で買い叩いた「高齢者名簿」を土台にし、蓮のような末端の実行役に「現地調査」をさせて最新の情報へとアップデートする。
「防犯カメラの死角あり。裏手の勝手口の鍵は旧式。これでスコアは『AAA』だ」
神崎の指先がキーボードを叩く。彼が作り上げた情報は、テレグラムの秘密チャットを通じて、海外のサーバーを経由し、フィリピンやカンボジアに潜伏する指示役たちへ「1案件・数百万円」の価格で売り渡されていく。
神崎にとって、画面の向こうにあるのは人間の命でも生活でもない。ただの、効率よく稼ぐための「商材」に過ぎなかった。
しかし、神崎が次の極上案件を海外へ送信したまさにその瞬間、彼のタワーマンションから数キロ離れた警視庁のサイバー犯罪対策課の一室では、別のモニターが不気味なパケットの異常を検知し始めていた。
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