【第2部】「自律分散型スマート集落」 第1章:初期プロトタイプが稼働(2) スクリーニングの罠
一方、こちらはまだ2025年の日本。
「時給三千円。未経験歓迎のリサーチ業務」
大学二年生の片桐蓮(かたぎり れん・20)がそのSNSの投稿を目に留めたのは、深夜のファミレスだった。奨学金と深夜のコンビニバイトだけで東京の生活費を稼ぐには限界がある。そんな時、画面に現れた「ホワイト案件」の文字は、あまりにも魅力的だった。
応募すると、指定されたのは暗号化アプリ「テレグラム」。アカウント名『リクルート窓口』から、すぐに丁寧なメッセージが届いた。
『仕事内容は簡単です。こちらが指定する地域の住宅を回り、簡単なアンケート調査や不用品回収のチラシを配るだけ。結果をこのアプリで報告してください』
「これなら普通のバイトと変わらないな」
蓮は安心し、指示されるままに「登録用」としてマイナンバーカードの写真を送信した。このスマートフォンの操作一つが、トクリュウという底なし沼への第一歩だとは、夢にも思わずに。
翌日から、蓮の「リサーチ」が始まった。指示されたのは、世田谷区の閑静な住宅街。
『ターゲットの表札、車の有無、リフォームの形跡、住人の年齢層を報告せよ』
蓮はクリップボードを手に、インターホンを押して回った。
「近所で工事を行うため、ご挨拶に伺いました。ご家族に高齢の方はいらっしゃいますか?」
言葉巧みに住人と話し、その反応を細かくスマートフォンのシートに入力していく。
「あそこの角の家、おじいさんの一人暮らしみたい。足が悪そうだった」
「こっちの家は、高級外車があるけど昼間はいつも留守」
蓮にとっては、ただの効率の良いデータ入力バイトだった。しかし、彼が送信したその断片的なデータは、トクリュウの生態系において最も凶悪な役割を持つ「頭脳」へと集約されていた。
――港区の高級タワーマンションの一室。
何台ものモニターに囲まれた部屋で、集まったデータを冷酷な目で見つめる男がいた。
男の名は、神崎(かんざき・26)。表向きはデータ分析会社の若きCEOを名乗っているが、裏の顔は、トクリュウの最上流に君臨するトップクラスの「案件屋」だった。
神崎は蓮のような使い捨ての「調査員」を全国に何百人も配し、名簿業者から買ったリスト、役所の偽装アンケート、飛び込み営業の報告を一つのデータベースに統合していた。
画面上で、蓮が報告した世田谷区の民家のデータが弾かれる。
【世田谷区成城・84歳独居男性・資産家(タンス預金予測:3000万)・防犯カメラ旧式・昼間完全孤立】
「よし、スコア『AA』だ。極上の『叩き(強盗)』案件だな」
神崎は不敵に笑うと、そのデータをさらに暗号化し、海外に潜伏するトクリュウの指示役へと高額で転売するための操作を開始した。
この情報の連鎖が、数日後に一人の老人の日常を地獄へと変え、そして蓮自身をも破滅へ引きずり込む引き金になることを、その時はまだ誰も知らなかった。
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