【第1部】亡霊の混迷:手探りの犯罪インフラ(2024-2026) 第3章:亡霊の思考 (3) 案件屋のカウントダウン
拓海が取調室で全てを自白していた頃、警視庁組織犯罪対策部の捜査班は、次の標的に向けて目まぐるしく動いていた。
「サイバー班からの解析が出ました!」
若手刑事の志村が、印刷されたばかりの通信ログを松永の机に叩きつけた。
「実行役のスマホデータを遠隔消去したIPアドレスのログ、および暗号資産の足跡を辿ったところ、国内のある決済代行システムへと繋がりました。そこへアクセスしている端末の電波が、現在、新宿のコワーキングスペース周辺に集中しています」
「指示役の黒金か?」
松永が鋭く訊ねる。
「いえ、おそらくは『案件屋』の主犯格です。黒金に資産家情報を売り渡していた情報源のアカウントと、ログインの暗号キーが完全に一致しました。現在もアクティブ。次のターゲットを選定している可能性があります」
トクリュウの生態系において、案件屋は文字通りの「生命線」だ。彼らが流す名簿や資産情報がなければ、指示役も実行役を動かせない。ここを叩けば、組織の機能を一時的にでも完全に停止させることができる。
「志村、すぐに現場へ向かうぞ。これ以上の被害者を出すわけにはいかない」
午前十一時、新宿の喧騒に紛れ、私服姿の捜査員たちが指定されたコワーキングスペースを取り囲んだ。
ガラス張りのスタイリッシュな空間。その一角で、何食わぬ顔で高級ノートパソコンを叩いている一人の若い男がいた。男の名は藤堂(とうどう・26)。表向きはWebマーケティング会社の経営者を名乗っていたが、裏の顔は、トクリュウに何百件もの高齢者名簿を横流ししているトップクラスの「案件屋」だった。
藤堂の画面には、ある高齢者世帯の「資産状況」「家族構成」、そして『叩き(強盗)案件・即応可能』というタグが付けられたファイルが開かれていた。まさに今、次の凶悪犯罪の引き金を引こうとしていたのだ。
「藤堂だな」
背後からかけられた低い声に、藤堂の手がピタリと止まった。振り返ると、警察手帳を掲げた松永と志村が立っていた。
「……何ですか、人違いじゃないですか?」
藤堂は平然を装い、素早くパソコンの画面を閉じようとした。だが、志村がその腕をがっちりと掴んで固定する。
「パソコンの画面は確認させてもらった。不正アクセス禁止法違反、および強盗予備の幇助の容疑で逮捕状が出ている」
松永の容赦のない言葉に、藤堂の余裕の笑みが一瞬で消え失せ、顔面が蒼白に染まっていく。
「お前らがいくら個人情報を暗号化して売り捌いているつもりでも、日本の警察のサイバー捜査をナメるな。2024年からの法改正と国際連携で、お前らのウォレットの足跡は丸裸なんだよ」
藤堂の手首に冷たい手錠がかけられる。コワーキングスペースの利用客たちが騒然とする中、トクリュウの「情報源」がまた一つ、確実に潰された瞬間だった。しかし、松永の目はまだ緩んでいなかった。案件屋を捕まえたのは大きな前進だが、本丸である指示役「黒金」の本拠地は、さらに深い闇の奥に隠されていた。
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