83. 鼓動と共に
互いに寝衣を着て、脱力すると、天贖は布団の中で容を抱き込んだ。
「すっかり身体が俺を覚えてしまったな。結婚してまだ2ヵ月だぞ?」
「天贖様のせいです、こんなに私のこと、好きにさせたから。辛いって言ったのに、愛させたから!」
容が照れながら怒ると、天贖が笑声を漏らした。その微かな振動が容の身体に伝わると、全身で天贖を感じられるようで恍惚とする。
「俺の台詞でもあるな。一体いつの間にこれほど惚れさせたんだ。お前は魔性だ。――お前の生き生きとした強さに、思わず見惚れてしまう可憐さに、俺は狂っている」
「私は可憐とかじゃないですよ! 頭……」
「『湧いてるんじゃないですか』だろう? 変わらないな、容」
今度は容が笑う番だ。
「それに、天贖様の方が強いです。でも、その強さに寄り添えるのは私だけだって、そう、自負はしていますけど」
「その通りだ、容。だから俺はお前に惹かれてやまなかった」
天贖が容の頬に指先を当てて撫でた。壊れものを触るような、かけがえのないものをそっと撫でるような、そんな仕草だった。大事にされている――容の中に込み上げた熱量で眩暈がする。
「天贖様。私はきっと、最初から、貴方のことが好きでした。義兄さんが亡くなった時、血だまりの中で見つけた、深い、綺麗な色の瞳だと思ったんです。殺人者なのに……って思って、憎らしかった。でもその目に惹かれて仕方がなかった。そして、貴方と屋敷で会った時、見つめ合いながら、そのことを思い出していました。私は――」
天贖が言葉の続きを止めるように容に口づけた。
荒々しい口づけを受け、身体を巡る熱を吐き出せず、意識が朦朧とする。
唇が離れると、天贖は容の頭を撫でて、ゆっくりと落ち着くのを待ってくれた。
息が整ってきたところで、容はふと自分の前で天贖の両手を握った。
「なんだ? 容」
愛しげに微笑みかける天贖を前にしていると、気恥ずかしさでのた打ち回りそうだ。それでも伝えたいことは伝えないといけない。
容は天贖の手を自らの胸と胸の間に触れさせた。
「天贖様になら心臓を抉って渡してもいい」
傍らに薬箱を置いて、「恋愛は心臓を抉って渡すくらい嫌だ」と天贖に伝えた時の言葉を思い出す。
天贖への想いは、心臓も、抉って滴る血までも、全てを捧げたいと思うほどに苛烈で重いものだった。恋愛は重いからと忌避していたあの時では想像できないほど激しい感情を、もう恐れる気すらしない。
天贖はその激しさを難なく受け入れるように容の手を優しく握り返した。
「それでは元の人形に戻ってしまうぞ」
「心臓を無くして人形になっても、きっと自動的に貴方を想う人形になってるはずだから」
「俺は自動的に動く人形ではなく、今俺の目の前で生きているお前がいい。お前の心臓で、その意思で、俺を愛せ。お前の心臓の在り処は俺の鼓動から探せばいい」
天贖はそう穏やかに言うと、容を抱きこんだ。容が天贖の胸に耳を当てると、力強い鼓動の音が耳に届いた。
「俺の命の音だ。お前を想っている音だ。――愛している、容」
以前、自動人形として胸が空っぽだった容に、自らの心臓の在り処は人の心臓の音を聞いて探せばいいと天贖が言っていた。その天贖が、彼自身の心臓で、容への想いを真摯に伝えてくれた。
「――はい、天贖様」
抱きしめられて泣いていた頃とはもう違う。今は、この鼓動が自分のためにあるのだと心から信じられる。
「天贖様の鼓動が早い。平気そうな顔してるのに。ずるい」
「平気な訳がないだろう。お前が愛おしくて堪らない――」
天贖の蕩けるような声に、容こそ心臓が早鐘を打ってしまう。
「あの、天贖様の鼓動が早いから、私もつられて息が上がっちゃうんですけど」
「容、そんな顔をしているとまた襲うぞ」
「ちょっと小休止させてくれたら、いいですよ?」
「ははっ、言ってみるものだな」
窓から漏れた月明かりの中で、夜がひそやかに更けていく。
天贖も容も長い間夜明けが待ち遠しかった。天贖は手錠のとれる夜明けを、容は両親から解放される夜明けを、待ち望んでいた。
これからは、想いと苦しさを、鼓動と共に分かち合い、夜を越えていけるだろう。




