82. 愛することを許して
綾乃が亡くなって2週間が経つ。身体がもう持たないと言った綾乃は、確かに大往生だった。それに、夫に会えて幸せだったと言っていた。その救いのためか、落ち込みからの回復は早かった。
夜、天贖の居室にある縁側で、天贖と容、2人晩酌を楽しんでいた。白玉砂利の庭を眺めながら杯を傾ける。時折見つめ合いながら杯を傾けるのはくすぐったく、ゆったりと寝衣のまま会話をするのは楽しい。
月が淡く光り星の瞬く様がくっきりと見える空は、澄んだ空気を纏っており、呼吸をすると清々しい。夜でも気温は高いが、通り抜ける風に火照った身体が包まれ、心地良さを感じる。
天贖は酒に強い。酔ったところを見たことがないので、今度酔わせてみたいと企んでいることは内緒だ。
「天贖様。お守り、お返ししますね」
酒の置いてある盆を挟んで、向かい合っている天贖に両手でお守りを包んだ布を差し出した。
「そうか。容に渡してしまっていたな。お前の手作りだ。俺が持っていてもいいか」
「はい」
そう言って容は包んでいた布からお守りを出した。対珠はこの中にふたつとも入れていたはずだ。
しかし、カラカラと音がしない。中を開けてみると、対珠が綺麗にくっつき、ひとつになっていた。
「天贖様、対珠がひとつになっています」
「驚きだな。山ノ神を降ろした折、光り輝いていたからな。これのおかげで山ノ神を呼び出し、俺も、消滅せずに済んだのかもしれない」
綾乃が言っていた通り、山王司と月島の血が、山ノ愛子が。そして容の感じた天贖との絆――全ての条件を満たしたからだろうと思った。
「珠はお前が持っていろ。俺はお前の作ったお守り袋だけでいい」
「駄目ですよ、御家長が持たないと」
「何かあった時、容の安全が、俺の勝利の第一条件だ。お前が持っていろ」
そう言われて、幸福感で心が熱くなった。同時に、これまでのことを思い出した。確かに、天贖は浚地やファーザーが襲ってきた時も、容を第一に考えてくれていた。天贖のこの言葉に、嘘はない。
天贖の言う通り、容は珠だけを布で包み直した。
「わかりました。――あっ」
あることを思い出した。
「返事を、貰っていません」
「返事? 何の返事だ」
「山ノ神を降ろした時です」
「お前は、俺を許すと言ってくれたな」
天贖は穏やかに目を細めた。
「その時です。貴方と、ずっと、その……鼓動を分け合っていくって言いました。つまり、改めてのプロポーズというか、そういうつもりなんですけど、天贖様は、それに対する返事とかは……ないのですか」
緊張で両手を弄びながら、上目遣いに問う。
天贖は持っていた盃を置いて、盆を横に除けた。容との間には何もない状態だ。
上弦の月が天贖の横顔に光を差す。普段から綺麗な顔だと思うが、光を受けると陰影が目立ち、精緻さが増す。
「お前は俺の親友の――セイの想い人だった。俺はセイを見殺し、家族を殺した殺人者だ。この数では、殺人鬼とでも言うのかもしれないな」
正確には天贖は誠吾を殺していない。だが、彼の中では殺したも同然なのだ。
自嘲するように話した天贖は、月明かりで眩しい容を見られないのか、目線を反らした。
「俺はお前を想う資格などない」
頭が真っ白になった。受け入れてくれると思っていたのに。酷い。本当にこの人は酷い人だ。これだけ惚れさせて、自分に資格がないからといって容を放ってしまう。
強く唇を引き結ぶ容の頬に、天贖の手のひらが触れた。
「なのに、お前を愛してやまない俺を――」
彼は容の瞳の奥を見るようにして、顔を歪め、懇願した。
「許してくれ」
それはいつかの誓いの言葉だった。容は、あの時はわからなかったのだ。天贖がどれほどの覚悟で、その言葉を話したのかが。
例え、貴方が殺人者でも。その愛がいつしか歪んで呪いになっても。
「許します。心から、許します――だから、一生愛してください」
「……ありがとう、容」
天贖は容の頬を包んでいた手を外し、容の肩を掴み、2人で立ち上がった。
それから、天贖は容に対して、厳かに跪いた。
「愛しいお前に対して、俺は無力だ。愛するしか能のない男だ。お前に許されるなら、一生をかけて、お前を愛し続ける」
容は跪く天贖の肩に片手を置いた。胸が熱くて、ただ、一言しか言えなかった。
「はい」
天贖は立ち上がって、容の背中に腕を回した。ゆっくりと唇が近づき、容も目を閉じた。一時は離れかけた2人の距離を無くすように強く抱きしめ合い、何度も何度も角度を変えてキスをする。
「んん――」
綾乃が亡くなってから、キスすらしていなかった。2週間ぶりの感触に、容は溺れた。
「天贖様。天贖様――っ」
「口を開けようか? 容」
「開けて、開けてください」
懸命に容が訴えた。
「本当にお前は堪え性がないな。――そこが好きなんだが」
天贖は喉の奥を転がすようにして笑う。
快い刺激で、浮遊感を覚える。ふんわりとする――そう思った時、天贖が更に入り込んできて、容は後ずさった。
「お前の唇は甘いな……」
「甘いわけない―――んん」
天贖の舌から、少し酒の味がするのに興奮した。さっきまで普通に談笑して酒を飲み交わしていた天贖が、今は容を口づけで屠っている。
最後は名残惜しそうに、唇が軽く音を立てて離れていった。
唇に天贖の熱が残って、そこから熱が身体中に広がるようだった。
天贖から心配げな口調で声をかけられる。
「もう、話せるか?」
「気持ち良かったです」
「はは、素直だな。――キスだけで胸が甘く苦しい。この先に進むのが、少し恐いな」
「私も、恐いです。胸が一杯で、でも、やっぱり、もっと、中まで触れて欲しい」
「だから、煽るなと言っているだろう」
「ふふ」
思わず笑うと、天贖も微笑んだ。
「もう一度、抱きしめさせてくれ」
天贖が容との距離を詰め、抱きしめた。天贖が容の寝衣の首の後ろに手を入れ、軽く撫でる。
「お前の肌はなめらかな感触がする。劣情を誘うな」
「劣情を催して欲しかったので、誘いは成功したんでしょうか」
「ああ。大成功だ。俺はまんまと引っ掛かった」
天贖はそう言った途端、容を横に抱き上げて、居室の奥へと進んだ。そのまま寝室の襖が開けられる。
布団に押しつけられ、口づけをひとつ落とされる。
そのまま、2人で崩れこんだ。




