表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/85

82. 愛することを許して

 綾乃が亡くなって2週間が経つ。身体がもう持たないと言った綾乃は、確かに大往生だった。それに、夫に会えて幸せだったと言っていた。その救いのためか、落ち込みからの回復は早かった。


 夜、天贖の居室にある縁側で、天贖と容、2人晩酌を楽しんでいた。白玉砂利の庭を眺めながら杯を傾ける。時折見つめ合いながら杯を傾けるのはくすぐったく、ゆったりと寝衣のまま会話をするのは楽しい。


 月が淡く光り星の瞬く様がくっきりと見える空は、澄んだ空気を纏っており、呼吸をすると清々しい。夜でも気温は高いが、通り抜ける風に火照った身体が包まれ、心地良さを感じる。


 天贖は酒に強い。酔ったところを見たことがないので、今度酔わせてみたいと企んでいることは内緒だ。


「天贖様。お守り、お返ししますね」


 酒の置いてある盆を挟んで、向かい合っている天贖に両手でお守りを包んだ布を差し出した。


「そうか。容に渡してしまっていたな。お前の手作りだ。俺が持っていてもいいか」

「はい」


 そう言って容は包んでいた布からお守りを出した。対珠はこの中にふたつとも入れていたはずだ。


 しかし、カラカラと音がしない。中を開けてみると、対珠が綺麗にくっつき、ひとつになっていた。


「天贖様、対珠がひとつになっています」

「驚きだな。山ノ神を降ろした折、光り輝いていたからな。これのおかげで山ノ神を呼び出し、俺も、消滅せずに済んだのかもしれない」


 綾乃が言っていた通り、山王司と月島の血が、山ノ愛子が。そして容の感じた天贖との絆――全ての条件を満たしたからだろうと思った。


「珠はお前が持っていろ。俺はお前の作ったお守り袋だけでいい」

「駄目ですよ、御家長が持たないと」

「何かあった時、容の安全が、俺の勝利の第一条件だ。お前が持っていろ」


 そう言われて、幸福感で心が熱くなった。同時に、これまでのことを思い出した。確かに、天贖は浚地やファーザーが襲ってきた時も、容を第一に考えてくれていた。天贖のこの言葉に、嘘はない。


 天贖の言う通り、容は珠だけを布で包み直した。


「わかりました。――あっ」


 あることを思い出した。


「返事を、貰っていません」

「返事? 何の返事だ」

「山ノ神を降ろした時です」

「お前は、俺を許すと言ってくれたな」


 天贖は穏やかに目を細めた。


「その時です。貴方と、ずっと、その……鼓動を分け合っていくって言いました。つまり、改めてのプロポーズというか、そういうつもりなんですけど、天贖様は、それに対する返事とかは……ないのですか」


 緊張で両手を弄びながら、上目遣いに問う。


 天贖は持っていた盃を置いて、盆を横に除けた。容との間には何もない状態だ。


 上弦の月が天贖の横顔に光を差す。普段から綺麗な顔だと思うが、光を受けると陰影が目立ち、精緻さが増す。


「お前は俺の親友の――セイの想い人だった。俺はセイを見殺し、家族を殺した殺人者だ。この数では、殺人鬼とでも言うのかもしれないな」


 正確には天贖は誠吾を殺していない。だが、彼の中では殺したも同然なのだ。


 自嘲するように話した天贖は、月明かりで眩しい容を見られないのか、目線を反らした。


「俺はお前を想う資格などない」


 頭が真っ白になった。受け入れてくれると思っていたのに。酷い。本当にこの人は酷い人だ。これだけ惚れさせて、自分に資格がないからといって容を放ってしまう。


 強く唇を引き結ぶ容の頬に、天贖の手のひらが触れた。


「なのに、お前を愛してやまない俺を――」


 彼は容の瞳の奥を見るようにして、顔を歪め、懇願した。


「許してくれ」


 それはいつかの誓いの言葉だった。容は、あの時はわからなかったのだ。天贖がどれほどの覚悟で、その言葉を話したのかが。


 例え、貴方が殺人者でも。その愛がいつしか歪んで呪いになっても。


「許します。心から、許します――だから、一生愛してください」


「……ありがとう、容」


 天贖は容の頬を包んでいた手を外し、容の肩を掴み、2人で立ち上がった。


 それから、天贖は容に対して、厳かに跪いた。


「愛しいお前に対して、俺は無力だ。愛するしか能のない男だ。お前に許されるなら、一生をかけて、お前を愛し続ける」


 容は跪く天贖の肩に片手を置いた。胸が熱くて、ただ、一言しか言えなかった。


「はい」


 天贖は立ち上がって、容の背中に腕を回した。ゆっくりと唇が近づき、容も目を閉じた。一時は離れかけた2人の距離を無くすように強く抱きしめ合い、何度も何度も角度を変えてキスをする。


「んん――」


 綾乃が亡くなってから、キスすらしていなかった。2週間ぶりの感触に、容は溺れた。


「天贖様。天贖様――っ」

「口を開けようか? 容」

「開けて、開けてください」


 懸命に容が訴えた。


「本当にお前は堪え性がないな。――そこが好きなんだが」


 天贖は喉の奥を転がすようにして笑う。


 快い刺激で、浮遊感を覚える。ふんわりとする――そう思った時、天贖が更に入り込んできて、容は後ずさった。


「お前の唇は甘いな……」

「甘いわけない―――んん」


 天贖の舌から、少し酒の味がするのに興奮した。さっきまで普通に談笑して酒を飲み交わしていた天贖が、今は容を口づけで屠っている。


 最後は名残惜しそうに、唇が軽く音を立てて離れていった。


 唇に天贖の熱が残って、そこから熱が身体中に広がるようだった。


 天贖から心配げな口調で声をかけられる。


「もう、話せるか?」

「気持ち良かったです」

「はは、素直だな。――キスだけで胸が甘く苦しい。この先に進むのが、少し恐いな」

「私も、恐いです。胸が一杯で、でも、やっぱり、もっと、中まで触れて欲しい」

「だから、煽るなと言っているだろう」

「ふふ」


 思わず笑うと、天贖も微笑んだ。


「もう一度、抱きしめさせてくれ」


 天贖が容との距離を詰め、抱きしめた。天贖が容の寝衣の首の後ろに手を入れ、軽く撫でる。


「お前の肌はなめらかな感触がする。劣情を誘うな」

「劣情を催して欲しかったので、誘いは成功したんでしょうか」

「ああ。大成功だ。俺はまんまと引っ掛かった」


 天贖はそう言った途端、容を横に抱き上げて、居室の奥へと進んだ。そのまま寝室の襖が開けられる。


 布団に押しつけられ、口づけをひとつ落とされる。


 そのまま、2人で崩れこんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ