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84. アメツチ<天贖視点>

 涼音の足が完治した頃、浚地達は旅立つこととなった。


 浚地達と容達との別れは既に終えた。


 今は、涼音達の後ろを歩く浚地と、船着き場の直前まで案内役を買って出た天贖がいるだけだ。


 夕日は半分ほどが山の斜面に潜り、朱い色が眼前に広がっている。空の白雲も、揺れる木々も、この足が踏み締める土も、同じく朱い色に染まっている。天と地が繋がるこの瞬間が、一日のどの時間よりも稀有なもののように天贖は感じた。


「ここまででいいです。お世話になりました」


 リュックを背負った浚地が天贖に向き直って頭を下げた。


「いや、気にするな。これから大変だろうが、身体に気をつけろ」

「ははっ、天贖さんてば。ありがとうございます。でも俺達は、身体だけは丈夫ですから。――天贖さんは咎めるでしょうが、立ち塞がる者は殺します」

「まるで夜叉だな」

「精霊を宿す者が仏教用語を使うとはね。俺が夜叉ですか? 天使みたいねって昔言われてたんですけど。貴方は中身だけは菩薩様みたいですよ。なんか、外見と中身が逆ですよね、お互い」

「違いない。いつか、帰ってこい。清良もそう望んでいた。山ノ神は寛容だ。夜叉であっても、人の命。受け入れてくれるだろう」


 邪心で生を奪うのではなく、生き抜くために、大切な人を守るために必要であれば、夜叉であっても人と認めてくれるかもしれない。それでも罪は罪なのだが、天贖は、山ノ神を降ろした時に、家族を殺した自分を山ノ神は愛おしく思ってくれていることに気づいた。山ノ神は、罪ごと、抱いてくれるのではないだろうか。


 浚地は言いよどんだ。


「人の命、か……。まだ俺も、人間なんですか。天贖さんは、自分を許さないことで、人間でいたいと思ってるのに?」


 浚地は容の義兄を殺したのは天贖だと思っているはずだ。容の何も言いたがらない様子から察したのだろう。家族を天贖が殺したことも知らない。だが、それは訂正せず、そのままにしておいた。実際、誠吾を見殺したのは事実であるし、天贖の家族のことは浚地には関係のないことだろう。


「お前も、容と長く付き合ってきただけはあるな。――その通りだ。だが、願えば願うほど遠のくものだ。許されざる者として生きていかなければならない。それでも、俺は容にだけは許されている」


 この場にいない愛おしい彼女の泣いた顔と、笑った顔を思い出す。真っ直ぐに「許す」と言ってくれた。


 天贖は穏やかに笑んだ。


「帰ってこい。いつでも待っている」


 浚地は一瞬小さく驚いて、柔らかく天贖を見つめた。


「天贖さん、俺、昔、島にいたことがあるんです。小さい頃、近所で遊んでくれるお兄ちゃん達がいて、いつもくっついて歩いてた」

「俺も覚えている。いや、正確に言えば、義母と相対した時に、思い出したんだが」


 天贖は浚地に頭を下げてから、喉の奥に溜まっていた苦々しい思いを伝えた。


「浚地、俺はお前に対し負い目がある。小さな頃、俺がお前に力など与えてしまったことから、お前にとって全ての歯車が狂った。本当にすまない」


 山ノ愛子は小さな頃であれば他の子供に力を与えられると当時父から伝えられていた。幼い天贖が浚地にその力を与えた結果、浚地は何かの事件に巻き込まれ、島外へ移ったと聞いた。天贖が島にあった浚地の家を訪ねた時に、浚地の両親が殺されて亡くなったと家の隣の老婦人から聞いたのだ。


 7歳までの記憶を失った時、天贖は、そのようなことさえ忘れてしまっていたのだ。


 あの時はわからなかったが、おそらく浚地の力を欲した綾乃かファーザーの差し金だろうと見当がつく。だが、浚地が島から逃げ延びることができたことだけは、良かったと思う。


「天贖さんのせいじゃないですよ。でも、あんなことがなければ俺もこの島にまだいたかもしれないんですね。よそ者でしたけど」

「よそ者?」


 天贖は浚地の家族のことは知らないので、初めて聞いたことだった。


「俺、両親は亡くなったんですけど、父がハーフなんです。母は島の血筋じゃない。俺は4分の1で、力はないはずだったんです」


 浚地は遠くを見た後、胸を張った。


「俺は天贖さんから貰った力があって良かったと思ってます。この力があるから、涼音達を守れたんですから」


 天贖は苦笑いするが、浚地は気にも留めず破顔した。


「『天地』と書いてアメツチと呼びます。悪戯好きのアメツチコンビと呼ばれていましたね。アメとツチは、永遠に相容れないようでいて、繋がってる。平行線を描くアメツチでも、雨が降って、その地が雨を貯め、また天に返すように。――俺のこの力はアメからの恵みです」

「だがお前はこれからそのツチを血で染めていくだろう。俺は名の通り、アメに贖う者だ」


 天贖には翼があるのだと容が教えてくれた。天に向かって翼を広げ、幸不幸を、正邪を集める。幸せと正は共に生きる者に与え、不幸と邪は身に引き受け、天への跪きを。そうして贖っていく。


「お前が罪としないお前の罪は、アメに返すがいい。アメはそれを受け取り、涙を流す。ツチに落ちた血ごと潤してくれるだろう」

「……ありがとうございます。なんか、素直に嬉しい気分」


 浚地は満足そうに微笑むと、背を向け、歩き出した。


 薄茶の髪をなびかせ、後ろ向きのまま片手を上げて、ひらひらと手を振る。


 まるで、何かの合図のようだと思った。


 天贖は、その背中をいつまでも見送っていた。


 人の道を苦しみながら行くのがいいか。人の道を外れて笑いながら行くのがいいか。

 罪を罪として、己を苛むがいいか。罪を罪とせず、己を生かすがいいか。


 その対比、それぞれの苦しみと喜びに、天贖は想いを馳せた。


 それでも山ノ神のもと、人は人なのだろう。


 どちらも生きるべくして罪深く生きるのだ。


 そして自分は――

 唯一許してくれる最愛と、鼓動を分け合いながら。

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