80. 巡る季節
皆、思い思いの表情で広間を後にする。そこに、薫と諒子――容を男と共に襲った者達がいた。容は過ぎたことと思い関わらないつもりだったが、天贖は違ったようで、2人に話しかけに行った。
「あ、ちょっ……天贖様!」
「薫、諒子。容のこと、話は聞いた。少し端で話そう」
天贖に話しかけられた2人は緊張しており、以前より痩せて表情が強張っていた。女衆がいなくなった後、天贖が大広間の上座の端に連れて行く。容はその後を追った。
「御家長。容様。誠に申し訳ございません! 私は、小さな頃から御家長が好きで、容様が羨ましかったのです。山王司家が危機にある中、それを更に大事にしたこと、何より、容様には大変申し訳なく、どう償えばいいか……わかりません……」
薫は耐えきれず涙ぐんだ。
「諒子と、諒子が付き合っている男性は、私に同情してくれただけです。どうか、どうか私以外はお咎めなきよう、お願いいたします……」
「薫さん。もう過ぎたことですよ」
容の言葉に薫が心底仰天していた。
「容様、そんな」
「あの時は、皆、どこかおかしかった。山王司家に危険なことが起きてるって、皆、わかっていて、誰も何もできないまま天贖様に暇を出されたはずです。薫さんは『これで最後!』みたいな感じで自分を追い詰めちゃったんじゃないかな……なんて、思ったりしました。でも、なんていうか、天贖様はフェロモン男だから」
「おい」
天贖が不機嫌になるが、容はそれも面白かった。
「惑わされても仕方がないっていうか。そう、フェロモンだけに」
「容」
「天贖様がいけないんですよ。ねっ、天贖様!」
「それに俺がどう答えろというんだ。容……」
天贖は溜息をひとつつくと、いつも通りの顔で薫と諒子と向き合った。
「容にしたことは許されることではないと思っていたが、本人である容が許すなら、俺も許そう。だが何も咎めがないのは、家長としてできない。薫、諒子は1週間自宅にて謹慎しろ。その間に気持ちを整理して、また元気に戻って来い。腕を斬られた男は、今はどうしている?」
「療養しています。腱は切れていなかったので、回復する見込みです」
「十分反省し、養生しろ、と伝えてくれ。――薫。お前とは昔から何かと縁があったが、俺はお前の気持ちには応えられなかった。すまないと思っている。俺は、容を愛している。薫、お前を心から想ってくれる良い相手を探せ。俺にもう、囚われるな」
「はい。どうかお幸せに。天贖様……」
涙を流しながら、薫は諒子と背を向け、何度も頭を下げながら広間を出て行った。
「この、フェロモン男」
容が天贖に横から肘を軽くつついた。
天贖も小さくつつき返す。
「この、色情魔」
「そっちの呼び名の方が酷いです!」
天贖と容の後ろの方に控えていた直大と直志が近づいてきて、笑い出す。
「言いそびれていましたが、お疲れ様でした。天贖様」
直大に直志が続く。
「そうそう。この1ヵ月と少し、容がお嫁に来たり、狂化したり、ファーザー軍団が来たり、お母様が亡くなったり、全ての幸不幸が一緒に来て大変でしたね」
「ああ。お前達にも苦労をかけた。怪我はまだ治っていないだろう。よく休んでくれ」
直大と直志は大きく頷いた。一緒に頷いた容は、ふと憂慮すべきことを思い出し、顔を上げた。
「天贖様。HEOの組織は、また天贖様を狙うのでしょうか」
「首謀者はいなくなった。また襲撃される可能性は低いと俺は考えている。ファーザー同士は熾烈な競争をしているらしいからな。情報共有がされているとはあまり思えない。それより、ファーザーやチームの帰還が確認できないと組織が気づけば、まずは涼音達が狙われるだろう。俺より、浚地や涼音を抱え込む方が危険だな」
ファーザーの死亡がHEOに知られれば、涼音達が狙われると浚地が言っていた。浚地はこの島を出た後も、新しいファーザーとして、彼女達を何としても守ろうとするだろう。
容が天贖ににっこりと笑う。天贖の優しさを信じているからだ。
「それでも――見捨てないでしょう?」
「ああ、浚地達がいつ帰って来ても喜んで迎えてやろう。例え傷だらけでも、追手が迫ってきていようと」
容は周囲を忙しなく確認して女衆が誰もいないのがわかると、天贖に飛び込むように抱きついた。
「あれま」
直志が口元を押さえる。天贖が珍しく唖然としていた。
「容! 驚いてしまったぞ」
「天贖様! ありがとう! 大好きです」
天贖の胸に頬をつけ、身体を預ける。温かい体温が心地いい。
「容さんは隠さなくなってきましたね」
直大の言うことは当たっている。容が天贖に対し、もう隠しきれないほどにベタ惚れなのは明白だ。天贖もきっとそうだろう。想われている自信がある。
容は得意げに2人を見た。
「直大さんと直志なら見られても平気だよ。身内だから」
「でも女衆は恐いんだね?」
これも当たっている。女の集団は恐いものだ。天贖に暴言を吐いたと思っている女衆への説明のために行脚した日が、目の裏に浮かび上がる。
「うん。だから私と天贖様がいちゃつけるのは女衆がいなくなってからだよ」
「それ当たり前だから」
直志の発言に、容も気づいたことがあった。
「あ、それ、天贖様に言ってよ! さっきだって抱いていこうかなんて会合の席で言っちゃってさ」
「天贖様。御家長としての品格を考えてください」
直大が天贖の目の前に来て説教すると、天贖が苦い顔をした。
「さっそく怒られてるよ」
容と直志は腹を抱えて大笑いした。ひとしきり笑った後、容は天贖達を見渡した。
「私、前は、『周りを幸せにしよう』って、ずっと考えてました。でも、私は家族を失った苦しみで、自動的に動く人形のように心が空っぽでした。以前の自分を再現するように、周りを幸せにすることを考えてました」
「だが、今のお前はもう人形ではない。そうだろう?」
確信をもって言ってくれた天贖に、容は背中を押された形になった。
「はい。私は今、周りから幸せを貰っている。その力で、私は私自身で愛する人達を守りたい。――ありがとう。皆、大好きです!」
容の満面の笑みに、直大と直志が顔を赤くしていた。
「やっぱり容さんは無邪気爆弾ですよ」
直大の発言に直志が頷く。
「流石、老若男女問わず人たらしの天贖様の奥方様だよね」
天贖が可笑しそうに小さく笑声を零した。
「容、直大と直志は慣れていないから、手加減してやれ。あと、義喜と楓が聞いたら号泣するぞ」
『慣れていない、手加減』とはどういうことか。それほどに容は奇妙な行動を起こしたかと思うが、素直に口にした結果なのだから許して欲しい。
「義喜さんと楓さんにも言いたかったです。明日にでも言います」
「はは、明日か! お前は忙しない。だがまあ、そうするといい。2人の気持ちも軽くなるだろう」
「あ、容! 聞きたかったんだけど、大学休学してるって話じゃん。どうするの」
直志の問いに容が考え込む。
「うーん。太智が中学生になって部活とかが忙しくなったら私こっちの大学に編入しようかな。どうしましょう? 天贖様」
「お前の好きにしていい」
明日の話を、これからの話をする。
容が屋敷に来た真夏の頃は過ぎ去り、残暑の湿った夜風が肌を撫でていく。
これから巡るいくつもの季節を共に歩いて行ける、得難い人達を、愛して、守っていきたい。過ぎ去ってしまった季節と大事な人達はもう戻らないけれど、そうやって、新しく、巡っていく。山ノ神の愛する子供達が精霊になり、その温かな腕に抱かれて、また還るように。




