71. これから
女衆のいない中、また直大と直志が朝食を用意してくれた。直志に「先に食べてて」と言われたので、西棟小広間に天贖と座り、膳を前にして食事をしている。
夏は日が長い。早朝でも開け放った障子の向こうが薄く明るかった。その光に照らされ、鮮やかに山が濃い緑に色づく。山々はその神々しさでこの島を守るように鎮座していた。
食材は昼間に直大と直志が八百屋、肉屋、魚屋を回り、調達しているとのことだ。彼らは天贖を思い、天贖のために尽くしてくれている。天贖が慕われていることが自分のことのように嬉しい。同時に頼り切りになってしまっていることが申し訳なかったが、彼らが容を気遣い休んでいてくれと言うので、お礼を言いつつそのようにさせてもらった。
ふたつしかない膳を見て、容は太智を思い出した。元気でいてくれているだろうか。太智に連絡を取るほど気力がなかったのだが、今はそれも解決している。今日の綾乃との話し合いが終われば、太智も屋敷に戻れるはずだ。
「今日は私達出かけるから、明日は一緒に太智と食べられるかなぁ。ね、天贖様」
「あ、あぁ。……そうだな」
吸い物の椀を傾けたまま、天贖がそう言った。戸惑った天贖を容は見逃さなかった。
「それとも、お義母様との話は決裂すると思ってるんですか」
「わからない。母上も、島のことは大事に思っている。だが、俺自身が、母上の意に沿わないかもしれない」
天贖は一度うつむく。容も、綾乃が天贖を受け入れないことを危惧していた。
それから天贖は気を取り直したか、笑顔を向けた。
「袴姿も可愛いと思うがな。着物でよかったのか?」
先ほど、山道だから袴を履いたらどうかと天贖に言われたが、容は楓の言葉を思い出し止めておいたのだ。
「楓さんが、普段は着物にしてって言ったんですよ、私に。袴は楓さんの趣味には合わないみたいで」
今は優雅ですと楓が言ってくれた霞模様の薄藤の着物に、容のお気に入りの薄金の帯をつけている。正座しながら着物の袖を掲げて見せると、「綺麗だ」と言ってくれた。満ち足りた感情を覚え、容は笑みながら続けた。
「あと、天贖様は何も言わないけど、着物の方が喜んでくれるから、とも言っていました」
天贖はこめかみに手をやり難しい顔をした。
「楓……。そのような無駄な気遣いをするとは」
「天贖様は、本当は、どっちが好きですか」
「想像に任せる」
天贖は容に対してだけ恥ずかしがり屋だ。容は不満げに「えー」と文句を言う。
「天贖様はこう見えてむっつりスケベだから多分体の線が出る着物かなって私は踏んでたんですけど」
「聞き捨てならないな」
天贖が箸を止めて真剣に顔を顰めた。逆に容は楽しくて思わず笑ってしまう。
「どっちが好きかは答えてくれないんですね。残念だなあ」
「わかった。答える。着物の方が良い。様々な色柄がある方が色々な容を見られるからな。今の着物も似合っている」
「じゃあやっぱり、着物かな。慣れると、楽なんですよね。洋服に戻れないかも」
「それは俺もそうだな」
天贖の微かな笑みに、容は胸が躍った。
「あ、今度アルバムでも見せてください! 学生時代の制服着てる天贖様が見たい!」
「帰ってきたら楓に頼むといい」
――そこは恥ずかしがらないのか。容は内心面白いなと思った。
天贖についてはまだまだ知らないことだらけだ。寄り添ってこれからも自分達のことを伝え合いたいと思った。
綾乃も、義喜も、楓とも、これからも一緒にいたい。
家族として、仲間として、伝え合って、ゆっくりと絆を深めたい。綾乃を、義喜を、楓を――皆を迎え入れたい。
そのこれからのことを、綾乃と話しに行く。
容は食事の手を止めて、どうか、この願いが届けばいいと、そっと祈った。




