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6. トラックから見る景色

 浚地と2人で箱詰めをすれば、半時くらいで終わった。段ボールは5箱になり、無事小型トラックに積み終わった。小型でもたった5箱など載せても問題ではないと、まるで傾かない荷台を見て感じた。


 トラックの前で浚地と並ぶと、彼はおもむろに言った。


「じゃ、元気でやれよな」

「うん、悪いけど、家のこと、よろしくお願いします」


頭を下げると浚地は大いに慌てた。


「ああ、頭下げられても、っていうか、ごめん、俺そんな大したことしないからさ」


 浚地がいつもよりやけに低姿勢だなと思い、容は驚きに目を瞬かせた。確かに親友の家を任されるのは少し荷が重いのかもしれない。でも、いてくれさえいればいいのだ。極端なことを言えば、そんなに掃除もしなくていい。浚地がいいようにしてくれればいい。


「うん。じゃあ気軽な感じにしよう。よろしくな!」


 容が右手を上げると、少し高い位置にある浚地の手も上に差し出された。


「うけたまわりぃ!」


 2人してハイタッチをする。


 後ろで義喜が腹を抱えて笑った。結構な大声で、田畑の周りは森の囲む、鳥や虫の声しかしないこの大自然の中では異質に聞こえた。


「はっはは、若いっていいなあ」

「す、すみません。お恥ずかしいところをお見せして……」

「いいってことよ! かっわいいなあお2人さん」


 義喜は一見強面だが、笑うと少し幼い人好きのする顔だった。30歳くらいだろうか。かなりがっしりとした体つきをしている。先程、ダンボールを片手で持っていたことを思い出す。


 義喜はひとしきり笑うと、トラックの運転席に乗り込み、助手席のドアを中から開けてくれた。容は頷いて、中に入った。窓から顔を出して浚地に手を振る。


「1人でちゃんとご飯食えよ。無意識に二股するなよ」


 浚地は単に仲のいい友人だと思っていた女性2人に自分と付き合っていると思われ、二股疑惑をかけられたことがあった。


「古傷抉るなよな」


 浚地がむくれているのを楽しそうに見つめてから、気を取り直す。


「じゃあ、行ってきます。浚地」

「行ってらっしゃい。容。出戻ってくんなよ!」

「嫁に行くんじゃないんだから」


 すると、義喜が暗く何か呟いた。


「あながち間違いじゃないかも」

「? 何がですか?」


 よく意味がわからなかったので、問いを投げかけた。すると義喜は何でもなさそうに首を振った。


「ん? 独り言独り言。じゃあ行きますか!」

「はい!」


 義喜がギアを倒すと、白いトラックがエンジン音をたててゆっくりと走り出す。助手席にいる容の目の前で、窓の景色が流れ、浚地が見えなくなる。振り続けていた手を下ろし、容は右横を見た。


「お忙しいところ、ありがとうございます」

「いいっていいって。専属やとわれの男衆は、俺入れて3人しかいないんだけど、実はもんの凄く暇なんだよなー。あ、楓ちゃんに言っちゃだめだかんな」

「はい」


 義喜はあっけらかんとした、明るい人柄だと思った。格式張らず、言いたいことが言い合えそうで、嬉しい。


「木戸さんは」

「義喜でいいよ」

「では、義喜さんで」

「『容』って言ったっけ。じゃあ『容ちゃん』な」

「あはは、ちゃん付けなんて子供の時以来ですよ」


 親戚はいないし、結も誠吾も容を容と呼ぶし、親友の親に会うこともなかったので、自然とちゃん付けは中学校以来ほとんどなかったかもしれない。『月島さん』として呼ばれるのが常だったように思う。


「嫌かなー?」

「いえ、大丈夫です」


 まるで、子供の頃に無くしてしまったお気に入りのぬいぐるみを届けてもらえたような心地だった。照れくさくてつい笑ってしまう顔を前に向け、トラックの滑る土の道に視線を投げた。


「そ、よかったよかった」


 運転しながらだから、義喜は前だけ向いている。少し日焼けした濃い色の肌をしていて、短髪、顔つきはかなり男っぽくシャープだ。しかし笑うと人好きのいい顔だったのを思い出す。横顔を見つめていると義喜が耐えきれないといったふうに笑いを上げた。


「穴が開いちゃうよ、容ちゃん」


 不躾に見過ぎたか、焦るように言い訳をする。


「あ、男らしい顔だなって、そう思って――」

「褒めてくれるの容ちゃんくらいだよ。何? それとも俺に気がある……!?」

「いえ、そういうわけではないので、安心してください」


 義喜はがっかりしたように俯いた。


 前見て、前。思わず容は心の中で慌てた。


「弄ばれた~悲しい~おじちゃんは傷ついた」

「おじちゃんなんて歳じゃないですよ」

「容ちゃんは真っ直ぐだね……」

「突っ込みどころ間違えたか?」


 独り言のようにそう言うと、義喜は遠い目をして安らかそうに前を眺めていた。


「いいの。容ちゃんはそのままでいて……」


 意味がわからないまま苦笑いを浮かべ、容は窓の外を見た。田園風景が広がっていた。太陽が柔らかく輝き、夏の草花を愛おしそうに包み込んでいる。


 結が、誠吾が亡くなっても季節は移ろい、世界は続いている。不思議で、理解のし難い、したくない、世界だ。


 その中で、自分は、抜け殻のまま、自動的に動く玩具の人形のように生き続けている。空っぽだから、何も辛くない。楽しいこともない。そうしないと、この世界で生きていけない。


 容は昔から物怖じせず人と接する方だ。例え今自分が自動人形でも、前と同じようにすることで、自分というものを見失わないで済む。


 容は義喜に興味深げに問うた。


「男衆って、何をしている方々なんですか」

「天贖様の側近でボディーガードみたいなもんだ。あと天贖様の仕事の手伝い。天贖様はほぼ島主っていうか、島中に土地を持ってるから、それの管理だよ」

「ほぼ島主……!?」


 依二島だけで日本の小さい県の半分くらいはある。あの巨大な屋敷を維持するくらいなのだから天贖は相当な金持ちなのだろうと漠然と思っていたが、ほぼ島主となればそれよりも大金持ちだ。庶民とは無縁の世界だ。


「あ、島外にもいくつか広いのがあったあった。島を出た女衆とかが安く借りてる土地なんだよ。本土にもちょっとした集落がある感じだな~」


 ますます化け物じみた話だ。


「男衆は俺入れて3人しかいないけど、まあ女衆も手伝ってるから。天贖様がちょっと大変なんだが、俺達は女衆ほど雑務多くないし、それなりに融通利くんだよな。むしろ鍛錬優先」


 いきなり出てきた『鍛錬』とは何か考えを巡らせてみる。そういえば天贖は普通の着物ではなく黒い袴を穿いていたし、義喜もそうだ。鍛錬とは、いつ何時誰かに狙われても大丈夫なように行っているものなのだろうか。


「なぜ鍛錬を? 天贖様の周りはそんなに危険いっぱいなんですか」


 義喜が返事をするまで間があった。彼は少し唸ってから口を開いた。


「うーん。まぁ、何かあった時のためだよ」

「そんなものですか」

「そう、そんなもんなのよ」


 義喜は何でもないことのようにそう零した。はぐらかされたようで、容は一歩引くべきだと思った。


「私も、鍛錬とかするんですか? 男衆、女衆っていうのが男女別にあるみたいですけど、私は一体どっち……」

「あははっ、確かに容ちゃんも強くなってくれればありがたいけど。太智ちゃんの世話係なんだろ? 多分鍛錬の必要はないな~。太智ちゃんがいない間だけ、炊事や掃除してくれてる女衆と一緒に働くんじゃないかな」


 話し込んでいたら、いつの間にか正門に近づいていた。重厚な門の下を、不似合いなトラックが入っていく。屋敷に着くと、義喜はハンドルをきってトラックを止めた。いつのまにか着いていた、屋敷の西棟の手前だった。天贖や太智、容の部屋がある場所だ。


「さあ、着いたよ容ちゃん。そこ気をつけて降りてな」

「はい」


 容がトラックから降りると、義喜は腕時計を見てあっと声を上げた。


「15時。太智ちゃんが帰って来る時間だな。荷物は容ちゃんの部屋に運んどいてやるから、会いに行ってきな」

「すみません」

「いいっていいって」


 容は一礼すると、庭先から西棟の方へ駆けていった。義喜がエンジンを止めて車から降りる音が聞こえる。


 世話係だからというわけだけではなく、太智という子供に会うのが純粋に楽しみだった。容には自分より年下の兄弟はいなかった。そのためか、子供全般が好きだ。つい面倒を見てあげたくなる。


 子供を見ると、幼い頃、夜眠れなかった日々を思い出す。あの頃、姉以外の誰も撫でてくれなかったちっぽけな自分を嫌っていたのではなかったか。力のない子供を、それでも好きだと思うのはなぜなのだろうか。だが、子供に罪はない。今はそう思える。


 だからこそ、これから会う子供のことを、好きでいたいと思った。

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