66. 嘆き
義喜は天贖と睨み合ったまま動かない。
天贖がファーザーの傍からいなくなった隙を見て、屋敷の角で浚地はファーザーの額にナイフを突き刺していた。だが全くナイフは沈まないようだった。
「皮膚すら硬い! どんだけだよ、アンタ」
圧し掛かる浚地の戒めを解き、ファーザーが起き上がろうとする。
浚地が後ろに押される。
腕を掴もうとするが逆に握り締められ、浚地が痛みに呻いていた。
「力も強い、か。くそっ」
浚地が腕を引き剥がすと、ファーザーが冷静に言い捨てる。
「天贖がいなければ勝てる戦いです。ここまで追い詰められたのは初めてです。浚地は私が弾で貫き、その後、叩き殺します」
ファーザーが両手に銃を持って真っ直ぐに構える。
ファーザーの銃が躊躇いもなく弾を発射した。同時に2発の銃声が鳴り響く。
浚地は地面の上で身体を横に転がせ、弾を避けた。
また2発。浚地は立ったまま身体を傾け、紙一重で弾を避けた。
まさか、浚地は弾の軌道を読めているのかと容は驚く。
「くっ……、近寄れない。軌道が正確過ぎる」
浚地が悔しそうに顔を歪めている。ファーザーの方は直立不動で銃をまだ構えていた。
「浚地。貴方は涼音達より強いようですね。天贖の代わりに貴方を持ち帰りましょうか」
「お持ち帰りは遠慮しておくよ。涼音に怒られちゃう」
「ふざけたことを言いますね」
ファーザーは銃を下げ、浚地に突進する。ファーザーの前蹴りを浚地が防ぐと、浚地は塀に追い詰められた。
「しょうがない。1日に1回しか使えないんだけどな」
浚地は諦めのような溜息をついて、次には真剣な表情を見せた。
「お兄ちゃん、下位精霊。力を、貸して」
浚地は空を見て一言そう呟く。すると、浚地の目の色が赤へと変わったように見えた。
瞳だけは、まるで、火の精霊を宿した天贖のようだった。
空気が重い。
浚地が一際大きく息を吸った。
そのまま、拳をファーザーの胸に突き出した。
拳がめり込むようにして入る。
ジュッ、と焦げたような音が響き、ファーザーは目を見開いた。
「天贖さんみたいに炎は出せないけど、焼かれてるみたいだね」
「何です、天贖と同じ力を――!? 熱い、熱い……!」
「焼き続けるから、自己修復機能が間に合わないみたいだね。お・と・う・さ・ん」
「がっ、貴様ぁ――!」
ファーザーが服ごと焦げて露出した胸を押さえ、苦しそうに悶えた。それから、必死で声を上げた。
「涼音、清良、私を助けなさい! この男を殺しなさい!」
歩けない涼音がそばで座り込んだまま、すぐ横にいる清良に声をかけた。
「清良、私達のファーザーは、この人じゃないわよね」
「うん」
ファーザーはその言葉に愕然とする。その隙に浚地がファーザーの首を持ち上げる。
じりじりと焼ける音と、肉の焦げる強烈な匂いが漂う。
ファーザーの首が、焼けて削げていく。
「ぐっ、崇高な研究を邪魔する塵屑が――! ……っ」
喉が焼け、話せなくなったファーザーがもがき苦しんでいる。ファーザーはますます焼け細くなっていく己の首に、力なく触れた。
浚地の手の中で、骨までもが焼き尽くされた時、上に伸ばされたファーザーの手が、地に落ちる。
ファーザーの頭が地面に転がった。
――浚地がファーザーの首を焼き尽くした。
凄惨な光景に容は息を呑んだ。
浚地は両手をはたくと、一仕事終わったというように肩を下ろした。
彼の目の色が、元に戻っている。
「元お父さんは倒したよ。――涼音、ただいま」
浚地が地面に座っている涼音の前で膝を抱えて座った。
「やっとね。……おかえりなさい」
涼音の優しい声に、浚地は嬉しそうに微笑んでいた。
それを横目で見ていた義喜は、次には縁側にいる綾乃の方を向いた。
「ファーザーはもう頼れませんね。お母様」
「そのようじゃの」
義喜は綾乃を背にして、天贖を苦しそうに見た。
「お母様は渡せません。楓ちゃんも、渡せません」
何もかもが容と天贖の予想を、希望を、裏切る。
殺すつもりのなかった男が浚地に殺され、味方だと信じていた義喜が裏切った。
天贖が嘆くように声を張った。
「義喜! なぜ――楓のためか!?」
義喜は容の詠唱を止めたことで一応の目的を果たしたのか、驚く天贖の攻撃をかいくぐり、綾乃の元へ走った。
「天贖様、申し訳ございません――」
「義喜、わらわと楓を運ぶのじゃ。依ニ山の屋敷へ!」
綾乃が命令すると、義喜が頷いた。
「わかりました! 楓ちゃんも、掴まって!」
義喜は2人を抱え走り出すと、屋敷の屋根に飛び移り、そのまま山の方角へ向かった。
「義喜――!」
天贖の叫びが辺りに響く。ぼろぼろの状態で横になっていた直大と直志は顔を上げ、衝撃のあまり声を失っていた。
「義喜さん……! 何で」
容は信頼していた義喜の裏切りが心を抉るようで、その場にへたり込んだ。
なぜ。どうして。
答えのわからない問が頭の中に渦巻く。
勝利したはずの戦いに残ったのは、帰り道がわからず途方に暮れた幼子のように、不安なまま佇む自分達だった。




