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65. 解放

 浚地と急いで屋敷へと戻ると、そこには見覚えのない人達が加わっていた。涼音達と同じような年齢の少年達が地面に倒れている。――殺されていた。それと、全身黒い服を着た背の高い外国人が庭の塀のそばにいる。


「ファーザー。来たか。涼音達は……無事か」


 浚地の呟きに、容が顔を上げたと同時に、浚地に両腕を掴まれた。


「何? 浚地」

「ごめん。容。ファーザーが来てしまってはもう手遅れだ。そこに、綾乃さんがいる」


 綾乃は男衆の前にも姿を現したことがないはずだ。それが、庭から見える縁側まで出て来るとは、一体何事だろうか。隣には、楓が控えている。


「もしかして、天贖様の言う通り……」

「そう、君は天贖さんを苦しめるための道具にされる」


 容はとっさに天贖を目で探した。彼は狂化が進んでしまったか、牙をむき出しにし、唸っていた。はっきりとした敵意が外国人の男に向けられている。狂化した者は邪魔者には容赦しないと言っていた天贖の言葉が、容の頭の中に浮かび上がる。


「浚地や。天贖が狂化で我を忘れかけておる。意思があるうちに、容を連れてきてくれるとはな。助かったぞ」


 容は綾乃の発言に愕然とし、浚地を呆けた顔で見る。薫達から守り、ここまで連れてきたのはこのためだったのか。


「浚地……! お前、お義母様についたのか」


 HEOに従い天贖を捕獲することを目的としていると思っていたが、綾乃と何か手を組んでいたのか。そういえば、浚地は家系図のことを知っていたし、屋敷の敷地内にいたことがあった。


「ファーザーと綾乃さんは手を組んでる。ファーザーは涼音を殺すのも目的だった。だから涼音に銃の照準を合わせてる。俺は……」


 容は咄嗟に助けになってくれる人はいないかと周りを見渡した。綾乃のすぐそばにいる義喜は無事だが、直大と直志はぼろぼろで何とか動いているといった状態のようだった。敵で残っているのは、涼音達4人とファーザーと呼ばれている黒い服の外国人だ。涼音をファーザーが狙っているということは、仲間割れでもしているのだろうか。


 浚地が容を掴まえて綾乃の元へ連れて行こうとする。だがその腕に力はない。


 味方してくれているのか、罠なのか判別ができない。


「天贖様!」


 毛むくじゃらで獣同然となった天贖はその声で容に気づいたか、唸り声を上げながら浚地に立ち向かう。


「天贖さん! 容がここにいます!」


 天贖はその声で立ち止まった。


「天贖様! 私です、容です! どうか戻って!」


 天贖が呼吸を整える。先程までの荒々しさがいくらか治まったようだ。一時的に獣の毛が薄まり、毛のない手足が見える。


「……浚地。容を連れて帰ってきたのか」


「浚地、そなた、天贖と通じておったのか!?」


 綾乃の叫び声に、浚地が冷静に答えた。


「天贖さんが正気に戻ったのなら、俺が従う意味はありません。綾乃さん」


「義喜達、涼音を援護しろ!」


 天贖が叫ぶと、義喜、直大、直志がファーザーを囲んだ。それに清良、双子も続く。


 浚地に解放された容は天贖の瞳を真正面から捉えた。もう、間違わない。


「なぜ戻ってきた」

「天贖様を、放っておけないからです。私、意外と面倒見いいから、傷だらけな人も動物も放っておけないんです。あ、一応言っておきますが、貴方は人と動物の中間です」

「確かに今の俺の身体は獣のようだな。だが、俺の父母は人間同士の恋愛結婚で、ついでに言うと俺は怪我などしていない」

「貴方は、心が引き裂かれていました」

「……」


 己の中を見つめるように、天贖は黙り込んだ。


「今思えば、会った時からそうだったんですね」

「最後だと、思っていた。お前と会えるのは」

「最後なんて来ません。私、貴方のそばから、一生離れません。貴方の心を縫おうとして継ぎはぎが残っても、私の不器用さを貴方は笑うだけで、受け入れてくれるはずだから」


 天贖は狂化した己を抑えるためか、また胸を苦しげに押さえていた。


「受け入れるのは当たり前だ。――お前が苦しむ以外なら」

「大丈夫です。貴方が、私を守ってくれます。そして私が、貴方の心を守ります。だから私が貴方のそばを離れないって、もう諦めてよ」

「そんな睦言のような言葉は、しかるべき場所で聞きたかったな」


 そんな冗談言わなければ、完璧な男前なのにね。


 変わらない天贖に対し愛おしさが胸に満ちてくる。


「そんな場所があるなら、この状態を片付けた後にでもすぐに連れて行ってください」


 容は腹の底からみなぎる力を吐き出した。


「――ごちゃごちゃ言うなよ! 私が! 貴方を! 幸せにする!」


 頷かず、ただ笑むだけに留めた天贖の顔は心なしか優しさを取り戻していた。


「お前は本当に煽るのが上手いな。俺もだ、容――俺の隣で、幸せでいてくれ。片割れは、共に生きる者だ。俺ならそれができると信じてくれて、ありがとう」


 容にはわかっていた。容が天贖を責めずに愛していると言っても、天贖の狂化が和らがなかったのは、天贖が自分自身を縛っていたからだと。ようやく、彼は自身を信じ、生きる気力を、意志を、取り戻した。


 ざわりと音がして、天贖の牙がついになくなり、爪は元に戻る。黒茶色は全て去り、健康的な肌色だけになる。


「天贖様!」


 容は嬉しさのあまりここが戦場だということも忘れて天贖の首に抱きついた。天贖は止めずに受け入れ、片手で容の背中を抱いた。


「母上。俺が生きている内は、ここにいる者達を、そして容を、母上が傷つけることはできません」


 縁側に立つ綾乃が目を見開き、悔しそうに爪を齧る。


 傍らにいる楓が喜びのような、不安なような様子を見せる。天贖の狂化が解けたことと、綾乃がいら立っていること、両方に心を奪われているように見えた。


「天贖、もしやおぬし、此度の計略を知って……。浚地も、涼音のためなら裏切るまいと思っていたものを」

「容が戻ったから、天贖さんが正気を取り戻したから、涼音が無事だったから、綾乃さん、貴女を裏切りました。最後まで、天贖さんにつくか綾乃さんにつくか、迷っていました。結果、俺は天贖さんを選んだ」


 天贖のすぐ隣にいた浚地が、おどけるように両手を広げる。憎らしいほどにさり気ない仕草だった。


「でも、涼音の足を折ったのは、許せません。代わりに、俺、村の男の人、両腕使えなくしてやりました。でも容が殺されかけたんだから、正当防衛です」

「浚地、俺はお前を信じきれなかった。だから涼音の足は折った。だが、島民を傷つけたことも、容が狙われたことも、聞き捨てならないな。後で詰問させてもらおう」


「天贖様、浚地、何を言って」


 容が混乱していると、浚地が満面の笑みを浮かべた。


「俺と天贖さん、番号交換したもんね。俺は携帯、天贖さんはお家の固定電話だけど。お友達だ、俺達は」


 天贖が軽く頷いた。


「この闘争が無事に鎮められれば、そう呼んでも構わない」

「じゃあ、いっちょ行きますか!」

「ああ。行くぞ!」


 2人の掛け声に、涼音を守っている清良以外の2人が天贖の後ろに加わった。双子の秀二と優二だ。


 相対するは、黒い服を着た外国人の男だ。


「ファーザーと皆貴方を呼んでいますね。俺、実は涼音達の仲間なんです」


 ファーザーという男と浚地には面識があったようだ。『実は』と言うからには、そんな機会があったのかもしれない。


「私は奥様を信用していましたからね。予想外ですよ。奥様、貴女は悪ふざけが過ぎるようだ」


 ファーザーが綾乃に向かい、困った風に手を掲げた。


「今回ばかりはわらわも反省したわ。だが、これで終わりではない。ファーザー、そなたも戦えるのか」

「ええ。自分も研究対象にしておりましたから。HEOの化身たる私の力をお見せしましょう」

「ほほ、お手並み拝見といこうかの」


 先に動いたのは双子だった。ファーザーに走り寄り、背後から腕を戒めようとする。双子の背後はもう塀で、ファーザーも前に集中するしかなくなる。そこに浚地が横から攻撃を仕掛けようとして、失敗した。ファーザーが双子をなんなく弾き飛ばしたからだ。


「浚地、ファーザーはとんでもない馬鹿力だ。お前じゃ敵わない」


 双子の片方がそう言うと、天贖がファーザーに走り寄り、その顔に拳を叩き込んだ。あれでは鼻も歯の1~2本も折れるだろう。


「ぐうっ」


 痛がってはいたが、不思議とファーザーの顔は血も流れず綺麗なままだった。彼は周囲を見渡すと、気味悪く笑った。


「致命的ではない傷なら自己修復できるのですよ」

「では動けないほどに体力を消耗させるのがいいだろう」


 そう言って天贖が拳を握る。塀の前にいるファーザーへ向かって走りながら声を上げた。


「浚地! 手を止めるな。援護しろ!」

「ああ!」


 4人がかりでは、しかも同じかそれ以上の力を持つ天贖がいては、ファーザーの分は悪いようだ。


「天贖、貴方の力は私の予想以上だ。研究に使いたかったですよ。でも、私の分が悪いようでは、捕獲などできません。――殺します」

「俺はお前を殺さない。――容!」


 容は頷くと、男とは距離を取り、唱え始めた。


 天贖は男を捕縛するつもりなのだ。――ならば、呼び出すのはこの精霊だ。


「大気にたゆたう土と岩の精霊よ。聞いてください」


 綾乃もファーザーも見渡せる庭の一角で、容は祈るように両手を組んだ。


 過去の女衆と意識を繋げる。頭痛にはもう慣れた。例えどれほど激しい頭痛でも、身体の痛みでも、天贖を助けられるなら、耐えてみせる。


「双子達、容を守ってくれ! 俺はこの男を止めている!」


 双子は浚地と目を合わせ頷くと、容の前に立ちふさがるようにした。


「私の声を聞いて。ここに貴方方の代わりに慈悲を持って島の敵と相対するおのこがいるから。貴方方を統べる山ノ神の息子だ」


 縁側から離れた屋敷の角で、天贖がファーザーを地面に押し倒し、肩を押さえて起き上がれないようにする。


 浚地がその後ろで、ナイフを持って構えている。


 ――まさか、ファーザーを。だが、容は途中で唱えるのを止められない。


「どうかこの男の身に宿って。力を貸して。その力を、私は誇るよ」


「容も、天贖の身体も激しく光っておる! その繋がり――何と、天贖は山ノ愛子(やまのめこ)か!? 天贖! 容! 待っていたぞ――!」


 綾乃の言うことが気にかかるが、今は自分に集中すべき時だ。


「道を開け。繋げる。想いをのせる。……私の声を頼りに、通って! ――ッ」


 容は驚きのあまり途中で唱えるのを止めてしまった。


「何!?」


 天贖が緊急事態に気づき、ファーザーを浚地に託して離れ、一直線に容の元へ向かう。


 容を守ろうと、からくも双子が止めたお陰で害はなかったが、その後天贖がここに来なければ容も双子も倒されていたはずだ。


 それだけ、天贖とも互角にやり合えるほどの実力者なのだろう――義喜は。


 容の前で、天贖が拘束しようとするのを義喜が避ける。そのまま義喜は後ろへ下がった。


「天贖様。土と岩の精霊を呼び出して、この男の次に、お母様を捕縛されるおつもりでしたね」


 義喜は一体、どういうつもりだ。あまりにも訳がわからず、容は立ち尽くした。

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