56. 暴かれた秘密
浚地を見送った後、しばらく寂寥感に佇んでいた。
それでも、昔のように浚地がいなくても、容は進まなくてはならない。
太智を待ちたかったが、容は家系図のことをすぐに綾乃に聞きたくて、彼女の元へ急いだ。
東棟に入り、広間の連なる長い廊下を渡る。綾乃といつも会う大広間に行こうとすると、楓とすれ違った。
「容様、いかがなさったのですか。お母様にお会いに?」
「はい、あの、お義母様は」
「私がお声掛けをして大広間にご案内いたします。容様は大広間でお待ちいただけますでしょうか」
「ありがとうございます」
大広間の下座で、容は綾乃が来るのをじっと待った。容が落ち着かない様子でいると、綾乃が現れて上座に座った。それから、容を見ると、吐息だけで笑った。
「――ふっ」
――なぜ、笑った?
浚地が知っていたことで、綾乃にも疑念が湧く。
「容。落ち着かない様子じゃの。何か用事があったのじゃろう? 早く申せ」
「は、はい。あの、お願いがあります」
「そなたの願いなら可能な限り叶えようぞ。して、何じゃ」
「家系図が見たいんです」
「ほう、そう来たか。そなた、義兄のことを調べたいのじゃな?」
容はなぜ今回は誠吾の話題を出しても、綾乃が不機嫌にならないのかと気になった。以前、彼女は『男は戻らぬ』と言い、拒絶したのに。
「容、事情は変わるものよ。おそらく、知り得ることは義兄のことだけではないぞ。覚悟しておくことじゃな。楓!」
広間の外で控えていた楓を綾乃が呼ぶと、楓が襖を少し開けた。
「何でございましょう」
「鍵を渡す。わらわの部屋の金庫から家系図を持って参れ。あと――あの時、燃やさなかったものも持って参れ?」
「お、お母様……」
楓が涙目になって身を竦ませた。
「楓。幼少の天贖をそこまで大事に思うておるのは義母として礼を言おうぞ。じゃがの、そなたはわらわの本当の恐ろしさをまだ知らぬようじゃ。わらわは何でもお見通しなのじゃ。早う行け」
「はい……」
楓は酷く落ち込み、軽くよろめきながら襖から離れた。
「あの時……ってもしかして」
「そうじゃ。そなたに見せたのう、その映像を。幼い頃の天贖の友人に関する品じゃ。全て燃やしたものと当初思っていたが、楓がわらわに隠れてひとつ燃やさなかったものがあるのじゃ。わらわの目は、誤魔化せぬ」
確か、天贖はあの時屋敷外の子供を親友と言い、綾乃が、その子供に関するものを全て燃やせといったのだ。楓が持っている物も持って来いと綾乃は言っていたが、楓はそうしなかったということか。
楓が広間に戻ってくると、手には年代物の巻物を2本持っていた。それから封筒に入れた何かを、綾乃に渡した。
「楓、そなたも一緒に見るがいい」
「かしこまりました」
「容、そちらの巻物を広げてくれ」
容は頷くと、楓から巻物を受け取り、慎重に広げていった。古い紙特有の硬さがあり、破けないように気をつける。連なる紙が大広間を横切り、容はそれを広間の5分の1くらいまでで止めた。
「これはわらわが管理しておる山王司家の家系図じゃ」
無数の人名が記載され、縦に連なっている。ひとつ通常の家系図とは違う箇所を見つけ、容は嫌悪感を持った。
「名前の横に死因が書いてある」
「そうじゃ。代々、そうなっておる。わらわが始めたものではないぞ?」
病死、水死、焼死、自殺。不穏な言葉が連なっている。見ていて気持ちの良いものではない。
「見ろ、天贖が今ここじゃ。そしてその姉、父、母じゃの」
天贖の家族の死因は、事故死ではなく、「他殺」と書いてあった。天贖の記憶は間違っていたのだ。
「天贖様が、ご家族の死因は事故死だと言っていましたが、違うんですね」
「あれの頭は呑気なものよ。あやつはな、忘れたくて、忘れたのじゃ」
「それだけショックだったんですね」
天贖を想うと、彼の辛さが切なかった。
その様子を見て、綾乃が鼻で笑った。
「まあ、幼子には辛い記憶であったじゃろうな」
容は天贖の近いところに直大、直志、義喜を見つけ、そして、それから少し離れたところに見覚えのある名前を見つけた。
「義兄さん……!」
だが、親戚らしい人――親も兄弟も、従兄弟も、再従兄弟さえも既に亡くなっている。「身寄りがいない」と誠吾は言っていたが、それは正しかったということか。
「どれどれ。そう、誠吾というのじゃったの、そなたの義兄は」
「死因は、書いてない。なぜですか?」
「わらわは、死因に納得していないからじゃ」
「やっぱり、お義母様も、義兄さんは誰かに殺されたって思ってたんですね!?」
「まあ、気を落ち着かせ、これでも見るがいい」
綾乃は容の肩を軽く叩くと、楓が持って来た白い封筒の中身を取り出した。古いがカラーの写真だ。子供が2人、木の棒で地面に絵を描いている。1人は、夢で見た、天贖だ。もう1人は――
「義兄、さん――!」
間違いない。誠吾の小さな頃の写真を、一度だけ結が嬉しそうに見せてくれたことがある。
「そう、そなたの義兄は、天贖の幼馴染だったのじゃ。なぜ、天贖はそなたにそのことを言わないのじゃろうな?」
綾乃はくすくすと笑い声を立てて、容を覗き込んだ。
「さて、その意味は後で考えるとして、こちらの家系図も見てもらおう」
「家系図がふたつ? どうしてですか」
「天贖に聞いたやもしれぬがの、山王司家は、双子の長子が生まれたことがある。弟の子孫も、山王司家と並ぶ力を持つことから、山王司家がいつも監視しておった。さあ――見るがいい」
家系図の、姓は――月島。
「双子の兄は自らの妻と女衆の力を借りて、狂化した弟のために、自身に山ノ神を降ろそうとしたのじゃ。神は全ての不浄を浄化する。命がけで行ったのじゃ。兄も弟も炭と化して消えた。残された弟の子供らは、その妻の旧姓であった月島姓となり、島外へ去った」
容は震える声を何とか絞り出した。
「家系図の、姉は、結。病死。妹は、容……。両親は、他殺と自殺」
「わかったろう。そなたは月島家の跡取りなのじゃ。500年前に分かたれた、山王司家の半身じゃ。山王司の力は、同等たる力を持つ両方が揃ってからこそ、本来の力が発揮される。――容、そなたの力が強いのは山王司と同等たる月島の血によるものぞ」
家系図の衝撃で頭が回らない。容は目を顰めて懸命に話した。
「月島の血……?」
容の血族にそのような謂れがあるなど聞いたことがなかった。
「そうじゃ。弟の憑依の術と、女衆の持つ脱魂が混じり合い、そなたの一族は男も女も同じ術が使えるようになったのじゃ。そなたは脱魂の術を持つ女でありながら、男のように憑依の術も扱える、稀有な存在よ。精霊を降ろせば、男のように姿形が変わり、女のように脱魂した状態で、精霊の意識を得る――身も心も、精霊が以前生きていた頃の姿となるやもしれぬ」
綾乃がそれを喜ばしいといった風で、扇子の上に覗いた目が笑っていた。
「山ノ神は山王司と月島の人間を欲しておる。双子の代わり――同等のふたつの力を持つには、山王司と月島が揃わなくてはならぬ。それも、夫婦のように半身たる人間同士のな。これで天贖が……惜しいものよ」
「私が山王司家の分かれた半身だってことも、天贖様が義兄さんと幼馴染だってことも、どっちも……本当に何も、天贖様は私に教えてくれなかったってこと……?」
容は呆然として、力の抜けた身体を崩した。
「どうして」
「本人に聞いてみるがいい。夫婦じゃろう? 隠しごとはいかんぞ?」
「……わかりました」
力の入らない身体が重かった。容は足袋で踏ん張り立ち上がると、何とか綾乃から離れた。
背後から彼女の声がする。
「何があっても、生き抜け。容よ。終わりはまだ先じゃ。楽しみじゃのう。楓や?」
「……はい、お母様……」




