53. ファーザー<浚地視点>
「ありがとう。ここまででいいよ」
浚地は笑って、名残惜しそうにする女性と別れて歩き出した。女性とはいつも、家よりももっと離れた場所で別れるようにしている。
浚地としては、唯一心を寄せた涼音から心変わりすることなどあり得ない。しかしその彼女にこの間浮気を疑われてしまったため、このようにしている。
田んぼの間の畦道を通り、貰った大量の野菜を担ぐ。先ほど別れた女性から、屋敷での容の様子を聞いた。思わず独りごちる。
「そっか。容は幸せそうだな。また、俺が容を傷つけることがなければいいんだけど」
容は浚地の裏切りに衝撃を覚えたかもしれないが、真摯に謝れば、多分許してくれるだろう。そこにつけこもうとする自分は、相当に悪辣な人間だなと我ながら思う。
「浚地!」
「秀二。どうしたの」
慌てて家から出て走ってきた秀二に驚き、浚地は目を見張った。
「お前、相変わらず何で俺達双子の見分けがつくんだ……ってそうじゃないだろ! ファーザーが来た! 今家に来たばかり! 俺は戻らなきゃ!」
「じゃあ、俺は隠れてる。はい、野菜持って行ってね。ファーザーは気配が読めないって話だったよね?」
「そういう、お前みたいなバケモンじゃないからな」
周囲に危険がないか気配を読めるのは、異能の力を持つ秀二達からしても化け物らしい。この島でそれができるのは、浚地と、あと1人くらいか。
「はいはい、わかった。俺は屋根裏部屋で会話を聞いてるから。じゃあ、ここで」
秀二は嫌そうに野菜を受け取り、家の中に走って行った。
浚地は裏口から入り、階段を上って屋根裏部屋に行った。埃が舞い上がる。先日、人1人分だけ床を軽く拭いただけでは足りなかったらしい。自分はもう少し真面目に生きるべきかもしれない。
下の部屋から、低いバリトンのような、男の声がする。
「涼音、元気にしていたようですね」
「はい。ファーザー」
浚地は開けておいた屋根裏部屋の穴から、下の階の様子を見た。涼音は浚地と出会ったばかりの頃のような無表情をしている。動揺はするな、いつもの自分をイメージしろと釘を刺しておいてよかった。
肝心のファーザーという男は、長身で肩幅も広く、日本語は達者だが外国人のようだった。ゲルマン系の顔をしていて、まるで神父のような真っ黒な裾の長い服を着ている。
「迫力抜群だな」
浚地は男に聞こえないよう小さく独りごちた。
「他の3人も、元気そうに見えますが、山王司家家長の捕獲はなぜ進まないのでしょう」
男は苛立ちを抑えられないようで、声音が厳しい。
「申し訳ございません。それについて、少しご相談があります。どうぞ」
涼音がそう言うと、男は頷き、居間のテーブルの脇に座った。男はテーブルを人差し指で何度も叩いている。
「相談とは何ですか。涼音、言ってみなさい。聞く価値のない話をすれば、他の子供に殺させてあげますよ」
涼音は恐怖を覚えたらしく、一度肩を震わせた。その恐怖に打ち勝とうとするように、拳を握っていた。
「天贖を様子見で一度襲撃しました。それで受けた様子からすると、彼は私ともう1人くらいで攻撃すれば、互角になります。抑え込むには私達が全員息を合わせて行動する必要があるのですが、双子も清良も私とは息が合わせづらいようです」
「そうですね。お前達は協力するということをしたことがない。不安が的中してしまいましたか」
「どうか、私達が意思を同じくできるように、組織のお話をお聞かせください」
これは、浚地の指示だ。敵を知る――それが敵を制すための第一歩だ。
「いいでしょう。お前達もそろそろ組織を知ってもいい年頃です。命令に従うだけではなく、使命を持って異脳を捕獲、殺すべきですね。座りなさい」
清良達が従い、涼音と横に並んで座る。彼らだけは正座だ。
「なぜお前達がHEOで暗殺や拉致の仕事を担っているか。それは戦争回避のためです。互いの実力が拮抗しているから、立場が対立するから、戦争が起きるものなのです」
男の口調からは威圧が感じられた。
双子と清良が顔を合わせて、3人とも「知らなかった」というように頭を横に振っている。
男はその様子を見てほくそ笑んでいた。まるで、強者が弱者を見くびっているような気分の悪い笑みだった。
「人類には圧倒的実力と人智を超えた力が必要です。そしてそれは我々組織の科学者が作り出すべき――それがお前達、異能の子供と、成長した異能の各国への派遣者です。ふふ、お前達はそれすら知らなかったでしょう」
男はにたりと笑った後、冷淡にそう言った。涼音は怯まずにそれを受け取っていた。
「なぜ私達は天贖を、異脳の者を捕らえるのでしょうか」
「お前達も知っての通り、生まれながら力を持つ者は異なる『脳』と書きます。異脳の者はその生から死まで我らに管理・統治されるべきであり、でなければ殺されるしかありません」
「異なる能力――でしょうか。異能である私達も管理される側なのですね」
涼音が怯えそうな声を抑えているのが浚地にはわかった。
「そうです。だからチームの者は互いを監視し合うのです。周りは貴方方を『駒』と呼んでいます。盤上の駒と」
男がテーブルを片手で乱暴に叩き押さえた。清良が小さな悲鳴を上げ、双子に制される。
「わかりましたね。失敗すれば処罰されます。死に物狂いで協力しなさい」
「処罰……は誰が行うのですか」
涼音は胸を押さえながら、男に従おうとする自分を抑制しているようだった。
「同じチームの子供か、私が持つ他の数チームの子供ですよ。また、これも知っていましょうが」
男は一度言葉を切ると、ナイフを手に持ち、テーブルの真ん中に突き刺した。清良が「ひっ」と恐怖の声を上げる。
「ファーザー殺しはもっとも罪深く、罪人は、一かけらも残さないよう、組織の手の者によって殺されます。疑問は晴れましたか? 協力はできますか?」
気味の悪い、怒りすら覚えるほどの凶悪な奴だと浚地は感じた。本当ならすぐにでもそこへ行って、恐怖に震える涼音達を慰めてあげたいのに、できない自分がもどかしい。
ファーザーの問いに、涼音は何とか絞り出したような返事をした。
「はい。わかりました」
「他の3人はどうなのです」
浚地には3人の苦しい息遣いが聞こえたような気がした。
「「「わかりました」」」
優二、秀二は涼音よりは苦しくなかったようだ。清良の方は恐怖心か自身を抱きしめながら震えていた。涼音は幼少期からファーザーに育てられたエリートらしく、ファーザーの恐ろしさは誰よりも知っていると言っていた。だから涼音の方が双子よりファーザーを正しく恐れ、清良より怖がり過ぎることがないのかもしれない。
涼音から聞いていたところで言うと、ファーザーというのはこの男の名前ではなく、子供達を監督する立場の者の呼称らしい。数チームごとにファーザーがいるそうだ。ファーザーの命令は絶対で、反抗すればHEO全体への反逆と見なされ、処罰されるとのことだった。
3人の声に、男が呆気に取られたような表情をした。
「なんです。掛け声が一緒など、協力できそうな雰囲気ではありませんか。協力はしなさい。しかし、慣れ合うことは許しません。お前達は、互いに、裏切れば殺し合う関係なのですから。心を預けるのはファーザーである私だけ。いいですね」
全員が黙って頷くと、男は満足そうにして立ち上がった。
「私は所用がありますのでここを去りますよ。5日後、他のチームも派遣し、私も様子を見に来ます。全知全能であるHEOの化身たる私が言うのです。お前達のなすべきことをなさい」
男は凄むように目を見開いてそう言う。
それから突然、柔らかな態度になり、手を組んで祈るようにした。
「貴方方にHEOのご加護がありますように」
男はゆっくりとそう言って、今度は振り返りもせずに家を出て行った。
浚地は屋根裏部屋から急いで下り、男の後を追うべく一階に来る。すると、清良がテーブルに突っ伏して小さく泣いていた。
「大丈夫よ、清良」
普段無関心な涼音が慰めているのが、浚地には驚きだった。
「「あの男は、俺達のファーザーじゃないって、決めたじゃないか」」
双子は互いに頷き合って清良にそう言った。そして浚地を振り返った。
「「浚地!」」
ここであの男を逃がすわけにはいかない。浚地は涼音達に手を振った。
「ああ、行ってくる! いい子で待ってろ!」
「またアイツは気の抜ける」
涼音の呆れたような呟きを後ろに聞きながら、浚地は男を追って走り出した。




