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48. 対珠とお守り

 風呂と遅い2人きりの夕食を終え、天贖の寝室で2人は向かい合って正座していた。吊り下げ灯を点けているから周囲は明るい。開けた窓の外から、夏虫の声が聞こえ、2人だけ隔絶された箱の中にいるようだと錯覚する。もう寝衣に着替えているので、後は寝るだけなのだが、天贖が「伝えたいことがある」と言うので、こうして布団脇のスペースにいる。


 小屋での濃厚な接触から、まだそれほど経っていない。どちらからともなく、気恥ずかしさを隠すように、何度か目を反らしては見つめ合っていた。


「結婚の証に、お前に渡したいものがある」


 天贖はそう切り出し、2人の間に敷いた黒い布の上に、白色の石のようなものをふたつ置いた。大きさは3センチ程度だと思われた。


「対珠だ。珠は歪んでおり、ふたつ合わさると、球になるように作られている。山王司家代々に伝わるものだ」

「これは、代々のご夫婦が持って来たものなんですね」

「いや、違う。これはふたつとも、山王司家の長が持つことになっている。遥か昔、山王司家に長子として男の双子が生まれたことがあり、2人で民を統べていた。その双子が袂を分かった時に、対珠はふたつに割れたという」


 代々引き継がれてきたということは、かなり古いものなのだろう。しかし、見たところひび割れもないし、白色もあまりくすんでいない。かなり丈夫だ。双子が離れて対珠が割れたというのが本当なら、相当な負荷がかかったのではないかと思う。元からふたつに分けて作られていることも可能性としてはある。つまり、半信半疑だ。しかし、山王司家に代々伝わってきたということが重要で、価値のあるものだ。


「道を往くなら、2人で持つのがいいだろう」


 天贖の静かな口調は、これからを容と歩むと決意したことの表れのようだった。


「私なんかが持つのは……」


 天贖の背負うものが大きなものであると、容は理解している。支えたい、そう思ってはいるが、背負うものの大きさが対等でいいのだろうか。それほどの価値が、自分にはあるのだろうかと迷っている。


「我儘かもしれないが、俺はお前を守りながら、共に道を歩んで行きたいと思っている。その気持ちだ。片方を受け取ってくれないか。2人でひとつの証だ」


 天贖は、真っ直ぐに容の方を向き、迷いなく言った。


「浚地のこともある。これから、茨の道が待っているかもしれない。それでも、俺はお前と道を共にすることを選んだ。そしてお前もそれを選んでくれたのだと、そう思っている。かなり強引な結婚だったことは否定できないが」

「そうですよ。私、驚いたんですからね」

「それは悪かった」


 天贖はうつむき、声を小さくした。容のからかいに、天贖は本気で落ち込んでいるらしかった。こういうところは可愛い。


「でも、嬉しかった。好きですよ、天贖様」

「俺もだ、容」


 また気恥ずかしさがやってきて、2人は笑い合った。


「じゃあ、受け取らせていただきます。これ、いつも持っておきたいな。どうすればいいでしょうか」

「布に包んで懐に入れておけばいい」

「そうですね。――あ!」


 突然気がついたことがあり、容はその場で立ち上がった。


「どうした」

「天贖様、ちょっとだけ待っててくださいね!」


 そう慌てて言うと、容は急いで自分の居室に行き、また戻って来た。


「お待たせしました」

「いや。どうしたんだ」

「私にも渡したいものがあります」


 容は先ほどと同じように、天贖に向き合って座った。黒い布の上に、渡したいものを置く。――容が結に作った小さなお守りだ。


「亡くなった姉に以前私が作ったお守りです。鷹の刺繍がしてあります。翼を大きく広げた鷹のように、その時の一瞬一瞬をかき集めて、どこへでも飛んでいけるように。中にはもう何も入っていないから、対珠を入れてくださるといいと思います」


 容は天贖を見つめ、この気持ちが届くことを願って、大きく笑んだ。


「天贖様が、今生きている一瞬一瞬をかき集めて、縛られることなく、どこへでも飛んでいけますように。受け取ってください」


 天贖は声をなくし、瞬きする暇もなく、お守りを一心に見つめていた。


「縛られることなく、どこへでも」

「はい!」

「俺に、それができるだろうか。容の期待に、応えられるかどうか、わからない」


 天贖は憂い事があるように、瞳を伏せた。


 容は、天贖が16歳まで真夜中に手錠をかけられ蔵に閉じ込められていたことを思い出した。容が小さい頃、孤独な夜を耐えていたように、いや、それ以上に彼は夜の苦痛に縛られていたのかもしれない。


「期待ではなく、祈りです。一瞬一瞬の大事なものを忘れずに、抱きしめて。お義母様から、解放されて。島民はきっと、貴方のしたいようにして欲しいと、願っています。貴方はそれくらい大事にされている」


 天贖は顔を上げた。彼は既にこの島に生かされていると、気づいたのかもしれない。


 容は彼の様子を柔らかに見守る。


「今は、私も貴方を大事にできる。どうか、貴方のかき集めたい一瞬一瞬に、私を入れてください。飛ぶ時は、一緒に連れて行ってください」

「俺は――」


 天贖は、言いよどむと、息をして、決意の籠った眼差しで容を見た。


「俺は、弱い人間だ。だが、お前が共にいてくれるなら、どこへでも飛んで行ける。――ありがとう。いつも離さず持っておく」


 その眩しい笑顔に、容は願った。


 どこかにいる山ノ神様。天贖様と離れることのないよう、ずっと一緒にいられるよう、力を貸してください。貴方の息子である天贖様の、幸せがここにあるように、私は心を尽くします。だから、どうか。

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