47. 伴侶
天贖に導かれるまま、容は小屋の入り口を塞いでいた壁掛けの中に入った。小屋の中は何の飾り気もなく、ただ板張りの床と同じ材質の壁がある。12畳ほどの広さの中心には布団が2枚敷かれ、布団同士の間は1.5メートルくらいだった。
そういえば、天贖の話では、女と隣り合って寝るが彼から抱きしめたりはしないということだった。女が自ら誘わないように布団が離されているのかもしれない。
容がぼんやりとしていると、突如、荒々しく口づけられた。心づもりも何もなかった容は、されるがままになる。
「んん――ッ」
口の中をまさぐられ、啜られる。深い口づけの後、敷かれていた布団の上に圧し掛かるようにされて押し倒される。
「待って――、女衆が、小屋の周りに」
「彼女達は見届け人だ。本当に伴侶となるのか、控えて、物音を聞く。ようやっと彼女達の仕事が完遂できるな」
「完遂って……っ、うんん――」
「俺はずっと儀式で女に口づけのひとつもしなかったからな。控えている甲斐もなかったろう。彼女達が高ぶるほどに、お前を最後まで愛撫しつくしてやろう」
「恥ずかしい、です」
「精霊を身に宿して俺は自分を抑えきれない。受け入れろ。――大丈夫だ。長い時間をかけて溶かしてやる」
天贖は目を顰め、弾む息を整えようとしているようだった。彼には珍しい強引なキスや行動は、精霊を宿した興奮から来ているのだとわかった。
「私も、天贖様に触りたい」
「わかった。今脱ぐ」
天贖は身体を起こすと思い切りよく上着を脱いだ。逞しい身体に、角や牙のついた長い首飾りが、野性的だ。
余裕がないのか、天贖は浅く息をしている。容もそれにつられるように息が上がる。恥ずかしさなどどこかに行ってしまいそうなほど、気持ちが疼いていく。
「上半身は首飾りだけっていうのも、凄く似合ってますね」
「ではこれは外さないでおこう。お前に似合っていると言われるのは嬉しいぞ。俺にもっと、惚れて欲しいからな」
「もうこれ以上ないくらい、惚れています。辛いくらい、悲しいくらい、好きだって言いました。忘れないで」
「覚えている。泣いてもいいぞ。俺を想っている証拠なのだろう?」
途端に、目が熱くなって、目尻から涙が流れた。
「天贖様、早くして」
「お前は俺を煽り過ぎる」
天贖は切羽詰まったようにそう言う。
無言で、瞳と瞳が合う。
身体中に口づけが降ってきて、それに応えると、互いに溺れるように肌を合わせた。
天贖は寝衣を羽織ると、容と同じ布団に入った。まだ快楽を引きずっている容を見て、夢見心地にあるような表情をした。
「幸せだった。今も、お前の傍にいられる。嬉し過ぎて、どうにかなりそうだ」
「私も。どうなのかな、恐いのかなって思ってましたけど……凄く嬉しかった」
天贖に髪を優しく梳かれ、耳を撫でられ、背中を抱かれる。そのまま天贖の身体に密着するように引っ張られた。
離してくれそうもない天贖が愛らしいと感じる。
彼の寝衣がはだけた箇所に、いくつもの傷跡がある。容はその胸の傷跡を、優しく包むように天贖へ身体を寄せた。
その凹凸とざらつきで、容の寝衣から覗く素肌には少し痛かった。
「天贖様、くっつくの好きですね」
「お前だからだ。容。本当は、片時も離れたくはない」
容はふと思い当って、天贖の胸に耳を当てた。力強い鼓動の音が伝わってくる。
「今、鼓動を分けているように、お前を大切にする。今度は俺がお前の孤独を癒し、背中を押し、命がけで助けよう」
「私だって、大切にします」
天贖の顔を、いつでも思い出せるようにと、逃さずじっと見つめる。これほどに愛しい存在ができようとは、想像もしていなかった。
「あ、天贖様、いつの間にか目の色が元に戻っています。髪も短い」
「無我夢中で忘れていたな」
「あ、そうだったんですか」
「皆には秘密にしておいてくれ。長の沽券に関わるからな」
天贖は真面目に冗談を言った。
「言うわけないでしょう! あ、女衆の方々は」
「入れた辺りで席を外したぞ」
「入れたとか直接的な表現はよしてください」
容の不愛想に装った反応に、天贖はわずかに笑んだ。
「女衆は結束力があり噂話も共感力ですぐに広がる。今夜の俺達の状況は、明日の昼頃には細部まで周知の事実のはずだ。だが、途中までだろうから安心しろ」
細部まで周知の事実――容は絶望するしかなかった。考えればわかったことだ。女衆は意識を繋げられる。天贖と容の声を共有しようと思えば彼女らはできてしまうのだ。そして容はまだ微妙な立ち位置におり、仲間には入れてくれないので、本人のあずかり知らぬところで広まっていくだろう。
「そ、そんな……。私、どうやって皆と顔を合わせれば」
「普通でいいだろう。お前は、そのままが一番美しい」
美しいと言われ、単純だが気持ちが上向きになる。
「そういえば、衣装。また着てますけど。変じゃなかったですか、ね」
自分のことを相手に問うのは緊張する。似合っていなかったと言われれば、小屋から飛び降りたくなるほど傷つくだろう。
「似合い過ぎていて見た時は襲いかかろうかと思ったぞ。一刻も早く祭壇から降りたいと思ったのは初めてだ」
「……馬鹿」
好きな人に褒められると、天にも昇る気持ちだ。だがそれを喜ぶ言葉は素直に出てこない。
「睦言にしか聞こえないな」
「睦言ですもん」
天贖は楽しげに声を弾ませた。
「はは、違いない」
嬉しいな、と天贖は容を優しく抱きしめて口づけをした。
「おやすみのキス?」
「歓喜のキスだ」
「私も、嬉しい」
容からも唇にキスを返す。
「少ししたら、俺の部屋に戻るぞ。夕餉もまだだ。風呂にも入りたいだろう」
「んー。もう別にいいかなって思うんですけど」
「ここで寝てしまうと、朝、お前の乱れた姿を皆に晒すことになる。それだけは避けたい」
「わかりました。私も、寝乱れた天贖様は見せたくないです」
笑いながら見つめ合い、もう一度唇を合わせて、抱きしめ合った。天贖の体温が身体全体に伝わってくる。これが天贖の命の熱さだ。言葉にしがたい感情の高ぶりと安心が溢れ、ますます彼を強く抱きしめた。




