45. 花嫁衣裳
2人して東棟を離れ、天贖は儀式の準備があると言って外へ、容は大浴場へ向かった。花嫁衣裳を着る前に、少しでも身綺麗にしておきたかったからだ。
女湯を出ると、出口で今度は義喜ではなく直志と出会った。お互い湯上りだったので、涼みに縁側へ行く。目の前の小さな日本庭園が薄闇に佇み、池の水面が揺れている。容はその波紋に合わせて、裸足をぶらぶらと揺らす。
「そろそろ儀式だね。化粧似合ってるよ。綺麗じゃん」
「私、綺麗かな? その、今みたいにしっかり化粧してるのも、普段の薄化粧でも、天贖様はそう思ってると思う?」
直志はくすくすと笑い、大きく頷いた。
「天贖様もそう思ってると思うよ。容は、外見だけじゃなくて、佇まいも綺麗だよ。強気なところと素直さが魅惑的なんだよね」
強気とは何だか褒められた気はしないが、男の好みなど全くわからない。魅力を感じるところなど人それぞれだろうし、天贖がどう思っているのかは今度直接聞くべきだ。だが、一応お礼は言っておこうと思い口を開いた。
「あ、ありがとう?」
「どういたしまして」
直志は元気いっぱいにそう言って、笑顔になった。
「容、最近きらきらしてるよ」
突然、耳馴染みのない言葉をかけられて、容は内心驚いていた。
「容はさ、最初来た時から笑ってはいたけど、どこか寂しそうだった。けど天贖様と一緒にいる時の容は、凄く自然体で、幸せそうに見えるよ」
幸せそうということは、言われて気づいたことで、今更ながら幸せというものを実感した。
「天贖様もさ、女性のきゃーきゃーした視線とか、あからさまな持て囃しとかに慣れきってて青春を逃してたけど。容が来て遅く来た青春気分なんじゃない」
「遅く来た青春って……」
部下にここまで言われる天贖を容は気の毒に思った。
「それだけ天贖様が容といて嬉しそうに見えるってことだよ」
「そ、そうかな」
容は思わず赤面しつつ喜んだ。
直志はその様子を満足げに見ると、気を取り直すように立ち上がった。日本庭園へと続く整然とした石に飛び乗り、容に手を振る。
「さ、行ってきな! 僕も儀式には参列するから、綺麗な花嫁姿を見せてね」
大浴場の次は容の居室で楓に衣裳を着せてもらう約束だ。壁掛け時計は午後5時30分を指している。
「容様、お待たせいたしました!」
楓が息せき切って衣裳を片手に部屋に入って来た。
「すみません。お手を煩わせて」
「いいえ、私は楽しみでしたわ。ようやくこの衣装を着ていただけるんですもの! 見てください。青の衣装なんです。綺麗でしょう?」
楓が衣裳を広げて見せる。真っ新な青に、金糸銀糸で鹿の角や熊の爪、鷹の羽などが彩られている。肩が開いており、上半身は身に沿った、腰から下は少し広がる形の、上等な薄布のドレスのような一枚衣装だった。
「青は天と平和を意味します。金糸銀糸が入っている物は女性物なんです。天贖様は実際の角や羽が彩られた衣装をお召しになります」
どちらも青色、動物を模したもの――容の衣装は天贖のものと繋がりが深いようだ。儀式が結婚式となるのもわかる気がした。
「なんか、シャーマンの衣装って、動物がごちゃごちゃついてるってイメージでしたけど、これはそんな感じではないですね」
以前テレビで見た海外のシャーマンの番組では、色とりどりの布を木に括り付けて掲げ、その横で種々の動物の骨や角などで身を飾ったシャーマンが祈っているという光景だった。
「まあ、山王司家はシャーマンではありませんし……でも動物を模るところなどは似ていますね。山王司の最初の宿す者は、鹿と熊の姿をとった山ノ神の御子と言われていますから。あ、被り物もあるんです。薄い布でベールみたいでしょう」
金糸で彩られた、白いが透明にも見える軽い布だった。確かにベールのように顔を隠すもののようだ。
「ほんとだ。綺麗ですね! じゃあ、これ着ますね」
「あ、アクセサリーもあります。山王司家代々に伝わる金の首飾りです。耳飾りもつけていいですか?」
「はい。凄い、じゃらじゃらですね!」
首飾りは網目のように連なり肩全体を覆うような造りだ。三角の形をした金細工の耳飾りには鹿の模様が彫られ、そこから幾重もの金の細い棒が連なり、揺れている。どちらも壊したら弁償できないほどの値段だろう。
全て身につけ終わると、楓が興奮したように目を輝かせた。心底嬉しいといった顔だ。
「お似合いですわ!」
「大丈夫ですか? 衣装に着られているんじゃ」
「いいえ。お美しく繊細な中にしなやかさがある雰囲気でとても素晴らしいです。容様、ベールも似合っていらっしゃる! 天贖様にお見せするのが楽しみですわ」
「じゃあ――これで準備万端?」
「ええ、参りましょう!」




