43. 眠る時も共に
普段の居室は別だが。そう前置きをして、天贖は照れくさいのかそっぽを向いて顔を隠しながら話した。
「共に、寝ようと思って迎えに来た」
容の居室の寝室で、そろそろ寝ようと布団を敷いていたら、天贖が訪ねて来たのだ。真っ白なシーツを掴んだまま、感嘆の声を上げてしまった。
「い、いいんですか!?」
天贖と自分は恋人か婚約者かわからないが、その彼と一緒に寝るとは、これは己の妄想か。
「それはこちらの台詞だろう」
布団が敷かれたその横で、天贖が屈んで容と視線を合わせた。容は掴んでいたシーツから手を放し、目を彷徨わせる。
「その……あの、私、何も準備とか」
「その心配はない。抱きしめて眠るだけだ。できれば、眠る時は共にいてくれないか。これからも」
「そ、そうですね。えっと……」
容が俯いてしまい、天贖は目線を泳がせて上を向いてしまい、どうにもかみ合わない。
「一緒に眠るのは、嫌か。答えたくなければ答えなくていいが、以前の恋人とはどうしていた」
「それ聞くんですか!? い、いいでしょう。答えてあげますよ。誰かと寝たことありません! 生粋の処女です!」
畳に両手を叩きつけて声を荒げる。恥ずかしいことを言い過ぎてしまった。
「天贖様は、女性とその、したことはあっても、付き合ったことはないんですよね?」
天贖が付き合うと決めた女性はそのまま結婚へと流れるはずだ。となると、きちんとお付き合いをしたことはないのだろうと思い、聞いてみたら、案の定天贖が頷いた。
「そうだな。そういう意味ではただ抱きしめて眠るといったことはなかったな。精霊の儀でも女と並んで眠るが、抱きしめたりはしなかった」
「え! あ、そういえば、精霊の儀って定期的にやるんですよね!?」
「ああ。2ヵ月に一度な」
「2ヵ月に一度女性と一緒に寝てたんですか天贖様は!」
容は自覚なく嫉妬し、気がつけば怒鳴っていた。容と出会う前の天贖に対して理不尽な怒りかもしれないが、事と次第によっては許さない。
「隣り合って眠っていただけだ。精霊に乙女を差し出すために、本当は手を出すべきだが、それはしていない。抱きしめてもいない。これからは、精霊の儀の際の相手はお前だけだ。山王司家の家長が結婚すれば、その妻が儀式の相手となる。これからは、そういう心配をしなくていい」
身体を後ろに引き、困惑した顔で言い訳をする天贖は少し可愛かった。いや、可哀そうの間違いかもしれない。
「わかりました。気にしないようにします。じゃあ、色々と誤解が解けたところで。側室を持たない一途な殿様らしく、私に骨抜きになって、私のこと褒めちぎって、一生私だけだって言いながらベッドに誘ってください、なんて」
容は笑いながら冗談とも本気ともつかないことを言い、立ち上がって天贖について行こうとした。天贖が容の肩に手を置いてそれを制し、ひたむきな眼差しで容と目を合わせる。
「お前がいないと、寂しい。そばにいて触れられないとは、業火に焼かれるが如く、この胸を熱く狂わせる。千変万化のその表情は触れるのも恐ろしいほどに儚く美しく、心根は折れない剣のごとく気高い。そんなお前は飢えた亡者のただひとつの光のように俺を惹きつけてやまない。一生お前だけだ。容」
甘く切ない天贖の声音に、真っすぐ過ぎる言葉に、容は顔が熱くなり過ぎて混乱した。
「容、俺に抱きしめられて眠ってくれるだろう?」
止めに、天贖は容の耳元で熱く囁いた。
「はい。もうどうにでもしてください……」
「では行くぞ」
天贖に手を握られ、そのまま先導される。天贖の寝室には布団が一組敷いてあった。樹が狂化した夜に容が頭痛で案内された布団とは違い、ダブルベット分はありそうな大きさで、厚みもある。2人で寝るには不足ないだろう。結婚すると決まり、ベテラン女衆が早急に手配したのだろうと思うと、少し恥ずかしい気がした。
その布団の上で、どちらからともなく正座して向き合う。
「その、入りますか」
「そうだな」
「手、本当に出さないんですか?」
容は本当のところでは手を出して欲しいと思っていた。この人が好きだ――もっと知りたい、肌を合わせたいと願っている。
「儀式までは出さないぞ。なんだ、不満か」
「欲求不満みたいに言わないでください」
容がふてくされると、天贖は伏せた目で容を見つめ、小さく低い声で言った。
「俺もお前と薄布一枚も隔たず、体温を感じたいと思っている」
「あー、あー! 煽るの止めてください」
「容」
天贖がそっと容の頬に触れた。そのまま目を閉じ、触れるだけのキスを繰り返した。
「ん……、おやすみのキス?」
「そうだ」
優しいキスが容にはじれったく、ますます身体が熱くなる。
唇が離れると、天贖は横になり、夏用の薄い掛け布団を開いた。
「こちらへ来い」
「お邪魔します……」
容の頭の下に天贖の腕があり、もう片方の手は背中にあった。天贖の熱が伝わるのが、堪らなく安らぐ。
「知らなかった」
容は天贖により身体を寄せた。胸同士が触れ合うと、彼の熱が容の身体に馴染むようだった。頭の下に回された腕の力強さに安心する。
「人に抱きしめられて寝るなんて、なかったです。天贖様の鼓動がこんなに近くに聞こえる。こんなに――こんなに、胸が熱くなるものなんですね」
天贖の鼓動と共に、容の鼓動が震えるのがわかる。
普段をどれだけ寒く感じているのか。この温かさが、命の音が、どんなに得難いものか。それを実感するから、これほどに胸が熱い。
「お前は、大切なものを一気に無くし過ぎた。泣くといい。俺はお前の泣き顔を堪能しよう」
そう言われて、思いがけず涙が零れ落ちてしまう。この腕の中なら、泣いてもいい。
しかし、天贖の物言いがおかしくて、泣き笑いになってしまった。
「天贖様はいちいち決まりきらないんだから。冗談を言わなければ、物凄い男前なのに」
「だが、そんな俺が好きだろう?」
「大好きです。辛いくらい、悲しいくらい」
至近距離で目を合わせてそう言うと、天贖が息を詰まらせた。
「だから今泣いているのは天贖様が好きだっていう、そういう証拠なんですよ」
天贖の前では抜け殻のような人形ではいられない。命を吹き込まれ、泣いて生まれる赤ん坊のように、あるがままになってしまう。
「お前は泣いていても俺を誘惑する。お前にとっては思いもよらないだろうが、俺はひとつひとつのお前の表情が、仕草が、この手に届かないことをいつも思い知り、思慕の念に囚われている」
容はついに涙が止まらなくなり、背中を震わせながら、天贖に強く縋った。天贖はそれに応えるようにして優しく抱き返してくれた。




