38. 信頼
「容!」
容は直志の声で奥の襖に目線を移した。男衆3人が居室まで訪ねて来たのを容は座りながら見上げた。太智の泣き止んだタイミングで現れるとは、気を使わせていたのに違いない。その思いやりが嬉しいと思った。
「具合どう? 容」
直志がそう言った後、直大を促す。直大は盆を持っていて、それをテーブルの上に置いた。
「容さんに、玉露の冷茶です。神経や緊張をほぐす効果があるそうで」
「ありがとう。直大さん。あ、太智も飲む?」
太智が頭を振る。
「容が飲めよ」
太智は優しい子だな、と改めて容は思った。
「わかった」
容は喉が渇いていたのかコップを傾けてごくごくと一気飲みしてしまった。美味しい冷茶で肩の力が抜け、爽快な気分になる。
太智の両側に容と天贖、テーブルを挟んで男衆という形で座るが、容の部屋の居間はそれでも余裕があった。
「さて」
直大がなぜかうすら寒さを感じる笑顔を天贖へ向けた。
「何かおっしゃることはありませんか? 天贖様」
「すまない」
テーブル越しに天贖はいきなり頭を下げた。
「ソッコー謝っちゃったよ天贖様! まだ何も言ってないのに!」
直志の言う通り、天贖の謝罪は疾く、迷いがなかった。おそらく本当に悪いことをしたと反省をしているからだと思うが、直大の言うことに逆らえなかったことも原因ではないだろうか。容は直大に反論できない天贖が面白いと思ってしまった。いや、面白いというより、可愛いかもしれない。
「すまない……が、譲るわけにはいかなかった。わかるだろう? お前達も力を持つとわかれば、あちらは調査をより進め、女衆の力すらも露呈するかもしれない」
「正論ですね」
「でも、天贖様、僕達は、天贖様や島民を守るためにここにいるんです。助けが要らないなら――」
直志が言い終わらない内に、直大が直志の肩を抱いて、自らの横に引かせた。直志が驚いたようにして動かされるまま従い、膝を擦っていた。
「直志、その先は私が言う。天贖様、助けが要らないなら私達を離してください。いる意味がない」
直大と直志が鋭い目で天贖を射抜く。彼らは怒っているというより、傷ついているように容には見えた。
「直大くん、やっぱりまだ若いなあ。俺達は、この力だけが必要とされているわけじゃないって。ねっ、天贖様」
義喜が穏やかな目で直大達を見つめてから、テーブルの向こうの天贖を仰いだ。
「そうだ。今回は申し訳ないことをしたが、お前達がいてくれたお陰で敵が分散してくれたことも事実として覚えておいてくれ。お前達の力は役立っている。だが、それも不本意ながら次の機会にはお前達の力を借りることになるだろう」
天贖は苦い顔をして俯いた。だが、次に彼が顔を上げた時は、瞳に力強い光が灯っていた。
「そして、今義喜が言ったことだが、俺はお前達が俺に向けてくれる信頼を、俺に対して心を砕いてくれていることを、支えのひとつとしている」
直大が呆然として呟く。
「天贖様……」
「直大、直志、義喜、頼む。ここにいてくれ」
天贖が頭を下げようとすると、直志が必死にそれを止めた。
「います、いますからまた頭なんて下げないで!」
「お前達のためなら、頭などいくらでも下げよう。――直大」
直志と共に天贖に手を伸ばしながら、直大は焦っていた。
「わかりました。出ていきません。天贖様に引き止められたら出てなどいけませんよ」
天贖と直大は苦笑を浮かべ、お互いに頷き合った。そこには長い年月で培った互いへの信頼が見えた。
「容の力が発現し、あちら側も今度は手加減してこないだろう。先ほども言ったが、おそらく、お前達には戦ってもらうことになる」
「ごめんなさい……」
容の能力のせいで、浚地達はもう迷いを捨てて挑んでくるだろう。苦しい思いがして、謝ると、直志が声を上げた。
「何で容が謝るの! 凄かったじゃん。逆に女衆の力がバレないまま精霊を降ろせるようになってよかったんじゃないかな」
「それも一理あるね~」
そう言われると救われる思いがする。
「火の精霊など初めて降ろしたな。何でも燃やせそうで爽快だったぞ。――義喜、今度燃えてみるか?」
「いつも心は燃えている――義喜です。って物理的に燃えるのは嫌ぁー!」
義喜が頭を抱えると、直大が心底楽しそうに義喜を突き飛ばした。
「燃えるごみの日に消し炭になった義喜さんを出しましょう。ほら、義喜さん、私達から離れて」
「直大くん、いつも迷惑かけてごめんね!? 燃やしたくなるほどウザかったのかな!?」
「直大さん、せめて葬儀をしてから……」
容が口を挟むと、義喜はまた悲壮な声を上げてテーブルを叩いた。
「容ちゃんはいつも通りね!?」
くすっと笑い声を残し、直大が義喜の肩に手を添える。
「義喜さんがツッコミ疲れしますので、そろそろ止めてあげましょうか」
直志が義喜に対して虫でも払うように手を振る。
「いいよいいよ。義喜さんなんかさっき楓さんに振られてたんだから気を紛らわすものが必要でしょ」
天贖が驚いてテーブルに手をかけ、義喜に身を乗り出した。
「なんだ、ついに言ったか」
「言っちゃったんですぅ……。まだ早かったですよ、やっぱり。うっ、切ない」
「楓は完璧過ぎて男が近寄らない。そのため男に慣れていない。義喜、競争率は低いぞ。応援している」
天贖から見た楓の評価に、なるほどと容は考えに耽る。
「競争率低いとか天贖様もえげつないこと言いますね。楓さんは昔天贖様の……あっ」
直志が慌てて口を手で押さえた。
楓さんが……なんだって?
「天贖様?」
今度は容がうすら寒い笑顔をする番だ。直志がそれを見ながら、仕方がないと思ったか、話を続けた。
「まぁいいや! 言っちゃうと、楓さんは昔天贖様が好きだったんだよね。天贖様はご存じだよ。それを楓さんも知ってたから、随分前に諦めたんだと思うな」
容が天贖を凄んで見る。
「やっぱりフェロモン男……」
容と天贖の間には太智がいたので、容の視線に太智が委縮していた。だが、今の容にはそれを気にする余裕はなかった。
楓まで落とすとは何事か。天贖が憎らしく、楓へは少し落ち着かない思いを抱く。要は、天贖と楓、どちらにも嫉妬していた。
「容、それは言いがかりも甚だしい。止めてくれ」
天贖は己に対する罪状を重苦しく考えているらしく、頑なに頼み込んだ。
「この間のお昼会議ではフェロモン男だと結論づいたじゃないですか」
「天贖様、皆さん、太智がいます。そろそろ止めましょう……」
直大が苦しい顔でそう言うと、太智がテーブルの向こうの直大を見上げた。
「俺は、大丈夫です。ちゃんと聞いてます」
直志が太智の横に来て、笑いかけた。
「そうだね。社会勉強だよ、こ・れ・も」
直志が人差し指でリズムをつけた後、太智の頬を軽く突いた。太智はよくわからなさそうに首を傾げている。
「まぁ、でも容の身体に障るといけないし。義喜さんはご飯の準備もあるだろうし? 行こうか、兄さん」
「直志、お前は優しくて可愛いな」
直大の朗らかな笑顔の前に手をかざして、義喜が苦々しく言った。
「直大くん、出てる、出ちゃいけない本音出てる」
あらかた騒ぎ終わったのか男衆は出ていくようだ。
最後に義喜が振り返った。
「天贖様、容ちゃん、2人ともお母様がお呼びだそうですよ。夕餉後に参れ、と。楓ちゃんから伝言です」
その後、襖を閉めて男衆は全員廊下へと立ち去った。
「やはりな。楓は様子を見て報告したか。仕方ない。容、夕飯後にこの部屋まで迎えに来る。おそらく、お前の発現した力のことだろう」
天贖に対して頷きながら、容は義喜の「楓はお母様には何でも言う」という言葉を頭の中で反芻していた。
「わかりました。でも私こそ、何がどうなってるのか、わかってないんですけど」
「その説明があるかもしれないな」




