31. 襲撃の前触れ
容はあれから自室に戻って寝たが、遅くまで天贖と話し込んでいたため、30分ほど寝坊してしまった。
狂化するのは今までの依二島では男だけだったそうだ。愛する人を殺す、または、邪魔する者を殺すという。誠吾はもしかしたら、誰か女性を巡って狂化した人とトラブルがあり、殺されたのではないだろうか。うつらうつらと考えていたら余計に寝るのが遅くなってしまった。
寝起きのぼんやりとした頭ではこれ以上思い浮かばない。容は仕方なしに起き上がり、腕を上げて身体を伸ばした。それから布団を畳み、洗顔、歯磨き、ヘアメイクを終える。やはりヘアメイクは8分で終わった。
「あー、太智起こさなきゃ」
また太智を引きずって朝食の席に行った。
「おはようございます」
そう言って障子を開けて太智を放り込む。あまりにも眠く、いつもより扱いがぞんざいだった。いつもならせめて投げた後仰向けにしてあげていたが、今回は放っておいた。その結果、太智はうつ伏せ状態だ。
「おはよう、容」
上座にいる天贖は笑顔でそう言った。
「あれからよく眠れたか?」
「はい。でも眠いです」
「そうか。後でもう一度眠るといい。今日は女衆には暇を出しているしな。皆、実家で待機しているはずだ」
確かに、朝食の献立が簡単だった。トーストと目玉焼きと、簡単なサラダと牛乳だ。いや、それでも容にとってはご馳走なのだが、このお屋敷目線で考えると簡単であるという意味だ。
「直志が用意してくれた。悪いが昼はお前が用意してくれないか? 夜は義喜が用意する」
「天贖様はやっぱり料理できないんですね」
「そうだ。すまないな」
本当にすまなさそうに顔を俯ける天贖が少し可愛いと思ってしまった。
太智は段々と眠気が冷めてきたか、身体を引きずりながら膳の前へ行った。
「なぜ、暇を出したんですか」
「今日、客人が来る。――中津 浚地と言ったか」
「浚地が!?」
容の家で見知らぬ男女を見なければ、浚地の来訪は単に容に会いに来たと思っていただろう。だが、あの様子だと、天贖を狙ってこの屋敷に来るはずだ。だが、目的はわからない。ただ危害を加えそうだといった予測だ。
「電話で話した。中津は、自分のことは容から聞いているだろう、誰かを巻き込みたくないなら、屋敷を空にしろと」
「そんな、脅迫みたいな真似、浚地がしたのか」
落胆する容を見やって、天贖は凛と言い切った。
「俺につくなら、見限ることだな、容」
「天贖様か浚地か選べって言うんですか」
「正確には俺『達』か中津かというところだろう」
黙って話を聞いていた太智が不安そうに身体を揺らしていた。
「容……、俺のこと、天贖様のこと、置いてかないよな?」
縋るような太智に、容は承諾するしかなかった。
「置いていくわけないよ。天贖様、私は避難しませんから。残ります。昨日の怪我だって、皆治ってないんですから、面倒見てあげないと」
天贖は仕方なさそうに頷いた。
「お前はそう言うだろうと思っていた。13時に来ると言っていた。太智は朝食後に恵の実家へ行って、迎えが来るまでそこを出るな。……中津は時間を守る男か?」
「多分、守ります。そういう、基本的なところは凄くしっかりしてて、正直な奴だから」
「今日は下見だからそんなに構えないでくださいと言われたぞ。だが到底信じられるものではないな。容の話では、4人いるのだったな」
天贖は顎に手をやって思案した。
嘘は言わない浚地が『下見』と言うのなら、そうだろうと容は思った。だが事情が変わることもあるので、油断はできない。
容は迷いながら口にする。
「天贖様、もし……ですけど、浚地が戦いに参加するなら、浚地も数に入れた方がいいです。あいつ、武道全般やってて、自由に色々な技を出してくるし、強いですよ。天贖様ほどではないけれど」
「では俺が5人相手にするしかないか。実力者が混ざっていたら俺1人で抑えられるか微妙なところだな。だが、義喜達のことは知られたくない。万が一のために、そばに控えてもらうが」
天贖はまるで何かの決心をしたかのように、顔を上げた。
「容、太智、話していなかったが、今日来る奴らは、俺のような――彼らは異『脳』者というらしいが、そういうものを支配しようとしている組織で、名をHuman Evolution Organization――HEOという」
容は怖気が走った。やはり涼音達には事情があったのだ。それも何らかの組織だという。
「以前、組織と繋がらないかと誘われたことがあったが、その際、HEOは俺だけが異脳者であるとの調査結果を信じていたようだ。目的は、俺の確保だろう」
天贖は太智だけでなく容を身内と認め、信じ、この話をしてくれたのだと容はわかった。
だが、信じられない話ばかりで容は戸惑っていた。天贖を捕えようとしている組織がある。天贖がいなくなる――それだけは避けたい事態だ。島は天贖がいるから女衆が暴走せずに手を組んでいられるのだ。
容はシャツの胸元をぐっと掴み、天贖に真っ直ぐに伝えた。
「私、浚地のこと、説得してみます」
「無駄だと思うがな。先日お前が話してくれた内容を考えるに、中津は既に決意している。それを変えることはできないだろう」
「それでも浚地は私の大切な親友なんです」
「そうか」
天贖は短くそう零すと、容を一瞬痛ましそうに見た。それから、太智の方を向いた。
「太智、不安だろうが、俺は負けない。迎えは、俺が行こう。それまでちゃんと待っていろ」
「はい!」
それまで不安そうにしていた太智が、顔を輝かせ、大きく返事をした。
食事を終え、一時解散となると、容は天贖から聞いた道筋を歩き、太智を恵の家まで送っていった。玄関前まで送り、すぐに屋敷に帰る。それからは少しの休憩の後、昼食の用意だ。しかし、13時などとは単なる口約束で、やはり浚地はそれより前に来るのではないかと何度も考えてしまい、作業に身が入らない。
天贖の話が本当だとすれば、浚地は山王司家と敵対するその組織の一員となったはずだ。
容は浚地と敵対などしたくない。だが容の家に浚地を訪ねて行った時、浚地は容を観察対象としていた。それは浚地の覚悟の表れのように見えた。
浚地は、今は容をどう思っているのだろう。昔から変わっていないだろうか。
――容の両親が亡くなったのは容が12歳の時のことだった。
段々と不仲になった両親は、毎夜怒鳴り声をまきちらし、精神が不安定な父は母を殴っていた。夜よく眠れもせず、母が父に殺されまいか、父が自ら命を絶つまいか、毎日怯えていたのを覚えている。寒い思いをして、1人じっと、ごうごうと鳴る不安の音を聞いていた。
夜が寒くても、辛くても、朝になると浚地は容を学校へ行こうと迎えに来た。浚地のそばは安心していられた。つかの間の、温かい時間。直ぐ過ぎ去るその温かさを、そうと知っていながら、毎晩耐えてじっと待っていた。
「容、今日は晴れてるな! 石蹴りしながら学校行こう!」
浚地は、容の、春みたいな人だった。




