2. 真実への覚悟
遺体が見つからないまま、1週間後、葬儀を執り行った。生存の可能性は全くないのに、行方不明扱いのままでは、誰もが区切りをつけられない状態だと思ったからだった。容と浚地で話し、決めたことだった。
「葬式の時はありがとう」
「いや、……辛かったな。しばらく休めよ」
葬儀からさらに1週間後、何とか普通に話せるまでに心が落ち着いた。容は誠吾の家――正しくは、誠吾から相続した家に、浚地を泊めていたが、その彼を伴って、近所まで散歩をしていた。
この2週間で、春の様相は一変し、強い日差しが差すようになった。2人ともTシャツにジーンズと、ペアルックとも取られそうな涼しげな服装だったが、それでも汗が滲む。時折風に吹かれて目の前を過ぎていた桜の花びらも見なくなり、代わりに田んぼに植えられた若い稲が青々と太陽に向かって伸びていた。
散歩道は、田んぼと森と木造の家しかない、穏やかな場所だ。2週間前の壮絶な場面とは全く縁もゆかりもないように思える。
農道を無言で歩いていた浚地は、「あー」と軽く呻いてから、話しかけてきた。
「容はさ、よかったのか? あんなことがあった家を相続して、手放さないなんて」
このことは容も悩んだ。誠吾が亡くなった家で暮らせるのかと。しかしこの島では容の行き場が他にない。それに、結や誠吾との思い出の詰まった場所でもあるのは確かなのだ。そう決心して、相続することにした。
誠吾が用意してくれていた公正証書遺言に「容に相続する」とあり、それを浚地が島の有力者だという家に相談に行ったところ、あっという間に手続きをしてくれたそうだ。浚地はそれに対して「有力者の伝手があったんだろうと思うとちょっと恐い」と呟いていた。
「相続して、よかったんだよ。でも、しばらくは、浚地もいてくれないかな。独りであの家にいるのは、まだ、少し辛いよ」
「ああ、いいよ。っていうか、いきなり転がり込んでさ、悪かったな。驚いただろ?」
「それは……まあ」
浚地には言えないが、あの絶妙なタイミングで現れるとは、中々ないことではないかと悩んでいた。だが、浚地は勘が良く、こちらが言わないことも察することが多い。おそらく容の疑心などお見通しだろう。それを敢えて話題に出さないのは、どうか、浚地の思いやりであればいい。
「そういえば浚地、クォーターって言ってたけど、ハーフなのって母? 父?」
浚地は薄茶の髪の一束を指で回すようにして捻じると、流麗な形の口の端を上げた。
「秘密」
薄茶の睫毛が瞬いて、ウィンクをされてしまった。流石モテ男だと妙に納得しつつ、別の理由でこちらは驚いている。
「何で!? まぁいいけど!」
母か父か知りたかっただけなのでまさか隠されるとは思わなかったが、教えてくれないならそれでもいい。
「容って名前の通りだよな。受け入れてくれるっていうのかな。優しいよな」
「浚地、名前通りなのはお前もだよ。浚地の後には、浚われた地面しか残らないんだよ。女の子ごそっと持ってくから。このイケメンが!」
浚地の頭を軽く殴ると、彼は痛い振りをして逃げていた。
容はそろそろ本題に入ろうと思い、なるべく悟られないようにしながら集中した。浚地の様子を見逃さないようにしないといけないと思うのだが、話していると浚地のペースに巻き込まれてしまうのが問題だ。――とりあえず今だけは気にしないでおこう。
「それはそうと、何で依二島まで来たの?」
「修士を卒業した後、家業を手伝えって、それ以外は『嫌だ』って両親に泣かれちゃってさ」
ここで『許さん』ではなく『嫌だ』とか『泣かれちゃってさ』になるのは浚地の家族が変わっているからだと容は思う。いや、浚地もそうだ。とにかく家族に愛され過ぎているのだが、それを全く重荷に思わず、飄々としている。
「いずれ博士に戻るかもしれないけど、まあとりあえず起業でもするかと思って」
「起業!? 何するの、一体」
「島の特産物とかを加工して全国に売れないかなって思って。前、凄いいい島なんだって教えてくれただろ? まずはしばらく容の家に世話になって、島の観察をしたりネットワーク作りに励もうと思う。それで容を訪ねに行ったら、こうなっててさ……驚いたよ」
浚地は、人の機微に聡くいたずら好きで、しかし芯は大胆な人間だ。浚地の両親に会ったことはないが、愛情の深過ぎる父親と母親の日本人らしくない教育の賜物と本人の元の気質によるものだと思う。
「容は、大学休学したまま結さんの看病とお義兄さんの世話に追われてたろ。これから、どうするんだ? いや、考えるのはまだ早いか。少し落ち着いてからがいいよな」
浚地の気遣いはありがたいが、容は既に決めていた。周囲に誰もいないか、聞かれていないか、見回して確かめる。浚地にはいずれわかってしまう。容は浚地に隠し事ができた試しがない。ならば腹をくくって話すべきだ。
容は浚地を見、決意を持って言い放つ。
「私は、ここでしばらく暮らして、犯人探しをする」
誠吾は熊に殺されたのではない。それが誰か暴いてみせる。
浚地が目を見開いて容を凝視した。あまり見ない表情だった。それほど驚いているのだろう。
「浚地の言うネットワークに近いかもしれないけど、なるべく人と接する機会を増やして、だんだん情報を集めるつもりだよ。だからそういった仕事がないか、まずは調べるつもり」
「容。犯人は、熊じゃないのか。状況証拠とはいえ、あれほどの血の量じゃ、あと、熊の爪痕とか、どうやったら人間がつけられるんだよ。警察ももう熊がやったって結論づけてる」
浚地の言い分もわかるが、容は自らの目で見たのだ。それを曲げるつもりはない。
「それでもだよ。私は『見た』んだ。――それに、この島は何かおかしい」
「おかしい?」
「警官が、全員女性だった。10人くらいいたのにだよ?」
「そういうこともあるんじゃないのか? ほら、最近の女性の活躍はめざましいっていうか」
「警官10人も、医者2人も、取り調べをした警察署の警官2人も、――私を相手にする人は全員女性で、皆『熊がやった。可哀そうに』、その一辺倒だよ。周りには男性もいたけれど、私には近づかせないようにしていたふしがあったと思う」
「ほら、容ちゃん可愛いから、男性から守ろうと女性がハイハーイ! って立候補した結果なんだ」
浚地が持ち前の軽さでふざけたことを言うので、容は言い捨てた。
「馬鹿なこと言うなよ。私、真剣なんだから」
「ごめん、つい」
浚地が肩を竦ませるのを見て、容は溜息をついた。
気まずい中、また無言で歩く。
湿っぽさの残る風、新緑が芽吹き始めた木々は、容の気持ちとは裏腹に夏を謳歌している。森の脇に入ると、木漏れ日が地面に薄く浮かび上がっていた。この悲しく、ささくれだった気持ちを自然が柔らかく包んでくれる。
容より背の高い浚地の方が身を屈めて、遠慮がちに目を合わせた。
「仕事探すなら、相談にのってくれそうな場所があるって。またはそこで働くのもいいかもな。相続関連で力になってくれた、有力者の家だ。島村の長の名前は『てんしょう』。屋敷の女性に探りを入れてみたら、『強くて優しくて格好良くて、島の皆がお慕いしています』だって」
浚地の口ぶりからすると、長本人には会えていないが、その家の誰かに手続きをしてもらえたということだろう。
しかし『てんしょう』とやらの魅力に「強い」が入るのが謎だ。何かのスポーツで強いというのなら納得がいくが、よくわからない。何だか得体の知れない印象だと思った。
「そういや、どこで手に入れたのその情報」
「ちょっとご近所で」
「また逆ナンパされたんだ」
浚地はどこにいても浚地だ。おかしくて笑ってしまった。イケメンのわりに親しみやすいようで、色んな人から声をかけられるのだ。
「良い子いた?」
「うーん。でも会ったばっかりじゃよくわかんなくて」
「よく言うよ。来るもの拒まず男で有名なんだから。すぐ先頭突っ走って、目立って、モテてモテてモテまくってたよね」
「違う、それは誤解だって。それに、たまたま、よく声をかけられるだけなんだってば」
「はいはい。たまたまね」
容が子供をあやすようにあしらうと、浚地は少し面白くなさそうな顔をした。その後、彼は気を取り直したか大きな声で言う。
「善は急げだ。仕事探しと犯人探し、頑張ってこい!」
浚地の全開の笑顔に、勇気づけられる。辛い時こそ、容は頑張れと言われるのが助かった。悲しみに苛まれない、自動的に動く心の空っぽな人形のようになった自分を、方向づけてくれる言葉だからだ。これは容の悪い癖だと自分ながら思うのだが、そうしないと今は心を保てないので、仕方がない。だが、浚地の言葉を嬉しいと思う本来の自分も確かにいるのだ。
「頑張るよ!」
そうして、容は自動的に明るく振舞った。




