26. 手のひらを握って
家を出た後、見上げると、視界に夕焼けが広がった。日は沈み切ってはおらず、空の上の方はまだ明るい。雲は薄く、わずかに朱く染まっている。昔日を思わせる風景に、ふと、夕方になると結が容を公園まで迎えに来てくれていたことが嬉しかったことを思い出す。あの時のように太智を喜ばせてあげたいと思った。
容の家の前の農道を歩き、道幅の広いところに行く。太智の影を探して辺りを見回すが、気配がない。
「太智ならそんな遠くに行くことなんてしないと思うけれど」
賢い子だ。容を忘れて行動することはないだろう。
「おーい! たいちー!」
大声を出しても返事はない。耳を澄ますと、ふと懐かしくも恐ろしさを含んだ旋律が聞こえた。歌声を辿ると、数人の子供達が円になって遊んでいた。
想え想えや 繋げ繋げりゃ
男は 帰らぬ 戻らぬ
山の神のいずこにあれど
詮無きことよ
「太智!」
帰らぬ 戻らぬ
ならば生かさぬ
詮無きことよ
「太智!?」
――男は 帰らぬ 戻らぬ――
「太智――!」
泣きそうな声で必死に叫んだ。
「容!」
太智が容を見つけ、子供達の円の中から抜け、走り寄ってきた。
「太智!」
思わず屈んで太智を抱きしめる。
夢の中で聞いていた、あの不気味な童謡を、間近で聞くのは恐ろしかった。本当に太智が帰らないかもしれないと思った。
「もう、戻らないかと」
「おおげさだな」
「だって、男は戻らないって」
「あれは、俺みたいな子供じゃなくて、本当の男って意味なんだぜ」
太智は得意げに胸を張った。
「男が帰らないのは、女が男を消すからなんだ。――これ知ってる子供、俺だけだぜ?」
「女が男を消す?」
「後見人の女は、その男の『せいさつよだつ』の権を握ってるんだ」
「生殺与奪……」
今、容が帰るべき場所はあの屋敷で、その中でも大切な人達は、人間ではないと見紛うほどに稀有な力を持っている。
後見人が生殺与奪の権を握っている――そのように狂っている島の中心で、それを背負う人達。知られてはいけない。
「私、太智を、天贖様を、義喜さんを、直大さんと直志も楓さんも、皆守りたいんだ。幸せに、したい」
太智は子供らしからぬ穏やかな顔で聞いていた。
「だから、太智は、誰にも消させないし、消えないで」
もう一度強く抱きしめると、太智が独り言を零すように小さく言った。
「俺、今日初めて友達と遊べたんだけど、それは褒めてくれないのかよ」
拗ねたような声が聞けることが嬉しかった。太智はここにいる。
「それは褒めてあげる。太智、よかったね。太智が勇気を出したから、友達ができたんだよ」
「お、おう」
「あれ、照れてるの? 私は太智の言う通り褒めただけだよ?」
「帰る! ほら、放せよ! んで、手!」
「手?」
太智が小さな手のひらを上げている。ああと得心して、容はその手を握った。
いつか、そう、近いうちに、天贖も一緒に太智と手を繋ごう。両親や、結や、誠吾が消えてしまったように幸せが逃げる前に、幸せがこの手の中にあるうちに、分かち合うために。




