25. 分かれた道を行く
浚地は涼音を見つめてから、テーブル斜め向かいの容の方へ視線を移した。
「日本に来るの、初めてなんだって。父親が日本人だから、兄弟で日本に来てみようと思ったんだってさ。それで、なんかこの村で不思議な力を持っている人を探してるらしい」
「不思議な力?」
「この島では山ノ神信仰があって、その中心にいる人が高い身体能力を持っているんだって」
島外から来た人間がそのことを知っているのに、容は驚愕したが、悟られないようにした。太智が、おはぎをごくりと飲み込んだ。太智も同じことを考えているはずだ。
「聞いたことないけど、探して、どうするの?」
涼音本人に聞くと、彼女はその無表情な美しさで容を観察するように見つめてきた。
「私達も不思議な力を持ってる。それで、困ってるから、相談したいと思ってるの」
嘘だと思った。そのような小さな個人的な理由だけで、しかも外国から島の秘密を調べられるとは思えない。親戚でもいない限り。
太智はどうすればいいのかわからないようで、助けを乞うように容を見上げている。太智を連れて来たのはまずかったと容は思った。
「太智、おはぎ美味しかった?」
「……うん」
「外で遊んでおいで」
「うん」
太智は容の思惑を察したらしく、普段なら嫌がることを素直に聞いた。
「遊んでいる子がいたら、『遊んでくれる?』って、聞いてごらん」
「うん」
「洗面所そこだよ」
太智は手についたもち米を洗い流し、急いで家を出て行った。
屋敷に入って2週間ほどしか経っていない容だったが、太智と仲間を守る義務がある。人間離れした力を持つ彼らが世に知れたら、どうなる。彼らは人間ではないと判断され、平穏が崩れるかもしれない。それが悪しき慣習を生み出しているとしても、それは自分達がこれから変えることで、白日の下に今晒すべきではない。
「そんなこと、どこで聞いたの? 信じられないなあ」
浚地が容の反応を見ている――いや、視ている。容と同じく、浚地にも、守る者ができたのだ。大切な友人と敵対したくはない。ここは知らぬ存ぜぬを決め込むしかない。
「島に知り合いとかいないの? その人に聞いてみたらいいよ。私は新参者だから、わからないよ。あ、家がないなら……知り合いはいないか」
「いないわ。知らないなら、いい」
涼音は短く答えるともう興味をなくしたように黙り込んだ。
この異分子達は、天贖に、ひいては島そのものに危害を加えそうな印象だった。浚地がそれほどに真剣な眼差しをしていた。
浚地は容を見ていた視線をずらし、涼音を見て、仕方なさそうに息をついた。
「容、君の方の『調査』はどうなった?」
義兄を殺した犯人探しの件だ。
「まだ全然だよ。そもそも義兄さんを知ってる人がいないんだよね。亡くなったことだけ知っているって言うんだ。でも、ゆっくり行くよ」
「家系図を手に入れたらいい。あと、できるなら、写真も」
「え?」
「俺の考えだけど。山王司家は古くから伝わる家柄だろ。家系図くらいあるだろ。そこに、誠吾さんがいたら、ビンゴだ。誰かが知らない振りをしているってことだよ。それを証拠に、知っていそうな人につきつけるんだ。写真もつきつけられればもっといい」
考えたことがなかった。だが確かに、この家の場所から考えるに、誠吾は山王司家の秘密に近いところに――直系と関わるところにいた可能性が高い。
「家系図見せてもらえるだけの信頼を、私は得なきゃいけないわけか」
容は遠いなあと笑いながらも、決意していた。
浚地はうなずくと、いつもの通り爽やかな笑顔を浮かべた。
「でも、写真なら、この家にあるかもしれない。俺が探しとく。容は仕事があるだろ」
「休みもらえれば、私も探せるよ」
「でも住み込み状態じゃないか。2週間戻ってこなかったろ。メールも寄越さないでさ」
「浚地は放っておいても大丈夫そうだからメールする気になれないんだよ。2週間って――まあ、さっきの子供の世話係だから、放ってくのが可哀そうで。あとなんかお屋敷離れるのが不安で……」
「不安?」
なぜか天贖の顔が浮かぶ。――どうして。
「私、今のお屋敷が結構好きなんだ。じゃあ、お願いするよ。義兄さんはお姉ちゃんに会うまではほとんど写真撮ってなかったって言ってたから、見つかるかわからないけど」
ダメ元でごめん、と付け加えると、浚地は朗らかに笑んだ。
「ゆっくり探しとく。容がお屋敷で信頼を得られた頃に、渡せるようにね」
「ありがとう。よろしくな」
「ああ」
浚地との会話を終えると、幼さの目立つ清良が待っていたというように手を上げた。浚地がそれに答える。
「どうした? 清良」
「おはぎ、1個余ってる。貰っていい?」
「いいよ、もちろん。清良が食べな」
今度は容が聞く番だ。
「涼音さん。貴女が持っているという不思議な力は何ですか? 私も、参考までに聞いておきたいんですけど」
涼音はおはぎを食べ終わった手を舐めている。まるで猫のような仕草だ。確かに浚地を落とすだけはある。美人でかつ危うく可愛いらしい。
「秘密ですか?」
あっさりと黙って頷かれ、容は笑い出したい気持ちになった。
「本当か嘘かもわからないよ、それじゃあ」
気がつけば、夏とはいえ涼しい風の吹いてくる時間になってきた。日が沈み始めるのも、もうまもなくだろう。
外の方を見ながら、ぼんやりと考える。容は犯人の手がかりを家系図や写真で探すつもりだ。
だが、誠吾が殺されたあの時、絶妙なタイミングで現れた浚地に疑念があるのも確かだった。浚地なら誠吾を殺すことも可能だった。熊の毛や足跡をつけるのにはどうしたのかわからなかったが、そこは警官が嘘を言った可能性もある。
――家系図が手に入って島民が犯人かどうか検討してから、浚地のことは考えよう。
暗い顔をしていたら、浚地が不思議そうにこちらを見ていた。
「容? どうした?」
「いや、何でもない。太智探して、帰るよ、私」
「田舎とはいえ、小さい子を知らない場所で独りで行かせるなんて、容らしくないなーって思うんだけど、俺」
「……そんな心配性じゃない」
「そう? はは、まあ頑張って」
勘のいい浚地は、容が何かを隠していることに気がついたのかもしれない。だとしたら、ここで容が考えこむことは止めておいた方がいい。さっさと帰るべきだ。
玄関先まで、浚地がついて来てくれた。
「じゃあね、容。お屋敷で頑張って」
「浚地も、遊んでばかりじゃだめだよ?」
容の帰る場所だった浚地は、異分子に出会って、変わってしまったのかもしれない。以前の浚地なら、容の反応を探ろうなどしなかった。いつも親友として友人の中では一番に大事にしてくれていたのに。今は、やはり涼音達と同様に、天贖に対し何か行動を起こしそうといった印象だ。
早合点は駄目だ。しかし、それを確かめる術は、今はない。
だが気持ちだけは制御できない。悲しみに苛まれ、容は泣きそうになるのをぐっと堪えた。
自分を大切にしてくれる場所は――容が帰る場所は、あの屋敷しかないのだ。
長年の親友とは、たった一時だけの別れだと自分を誤魔化して、無理に元気に手を振った。




